原田眞理先生コラム2: 日常生活のなかのこころの支援の例

2018.10.29

今回は日常生活の中にあるこころのケアという視点、という意味で、異国からのスタッフや学生の生活のセットアップへの支援として、大学のプログラムの1例をご紹介しようと思います。
私自身の体験ですが、Stanford UniversityからInvitation letterをもらってからの手続き(大学とのやりとり、大使館での査証取得など)、そして住居を決め、現地に到着後は車の購入などの生活のセットアップは非常に大変でした。カリフォルニアでの夢のような生活が待っていて、自分で希望して来たにもかかわらず、すべて英語による事務的な作業に嫌気がさし、それまでの生活と全く異なる場所であまり知り合いもない中で孤独感が募ったりもしました。いわゆるうつ状態のようになることもしばしばありました。しかしこれは健康な心の反応なのです。表11)はホームズの社会的再適応評価尺度です。結婚におけるストレス度を50点として、それを基準に0-100点で自己評価により点数化させます。対象者により、異なってくるのですが、一般的には、ライフイベントの中では配偶者の死が100点で1位になっています。今回の私の場合は、仕事の再調整、生活条件の変化、労働条件の変化、住居の変更などでしょうか。参考までに大学生・短大生における調査結果を表2に示します。留年が3位、中退が6位、大学入試が11位となっています。

表1 ホームズの社会的再適応評価尺度1)表1 ホームズの社会的再適応評価尺度
表2 夏目による大学生と短大生のストレス得点2)表2 夏目による大学生と短大生のストレス得点

これらのストレス項目にもあるように、重要な人物の喪失をはじめとし、環境変化やこれまでの生活を失うこと、新しい出来事の始まりなどにより、心はバランスを崩します。そのような現象が起きることを予想したプログラムが、多くの大学には用意されています。日本でも新入生へのガイダンス、担任制度などはその機能を果たしていると思います。
今回は私自身のStanfordの大学生活開始時のことを書いてみます。
アメリカ到着日にオンラインで大学に到着を知らせます。すると査証の種類ごとに説明会が行われるという案内のメールがきます。指定された日時にその場所に行くのですが、キャンパスがおよそ1万坪もあるので、地図で場所を探し、建物付近になんとか到着します。そのうえ、ビジターに許可された駐車場がどれかを見極め、精神的に疲労しながら辿り着きました。説明会場には、私と同時期に世界各国から到着したStanford関係者40名くらいがおりました。皆、私と同様に迷ったことや疲れたことを口々に述べており、私も思わずその輪に入り話していました。会が始まると、大学の事務の方から注意事項を聞きます。その際に、マフィンとコーヒーが入り口に置かれていて、皆食べながら聞いたり質問したりします。Social security numberの取得や運転免許の取得、学内のIDやメールアドレスの取得など説明は多岐に渡りますが、一度に説明されます。通称I centerというBechtel International Center3)、日本における国際センターのようなものがあり、新しいStanford関係者同士が知り合うために毎週金曜日開催されるお茶会Friday Coffeeの開催、英語を学びたい人のためのクラスの開講、各国料理のクラスの開講、周辺の情報提供などをしています。ほとんどが無料です。これらは家族にも無料で提供されています。また、You tubeでは各国語でStanfordへようこそ!と言う場面なども配信されています。15年前にもほぼ同様のことが行われていたので、同じ支援が継続しているのだと思います。参加者は、専門は全く異なりますが、同時期に到着したということで、お互いに助け合い、情報交換等するうちに、研究でコラボしようか、という話に発展します。家族同士も知り合いを増やすことができます。このように、新しい土地や職場に来た際には、どの人も不安になるものであり、情報や支援者、仲間が必要だと考えられており、新しく来た人たちの精神的なケアは特別なことではなく、日常の中に組み込まれているのです。逆に言えば、気がつかないものも多いのですが、日常の中に精神的なケアはたくさん含まれているのです。ただ、ここで気をつけなければならないのは、集まりに参加しない人たちです。またはそこからこぼれ落ちてしまう人たちです。そのようなことがないように、参加者のなかからスタッフを募り、初参加者などに積極的に声をかけるような工夫も必要です。スタッフになることは、ある意味identityとなり、その人自身も支えられるのです。

参考文献
  • 1)
    Holmes TH, Rahe RH. The Social readjustment rating scale, J.Psychosom.Res,1967;11;213-218
  • 2)
    夏目誠、村田弘:ライフイベント法とストレス度測定、大阪府立公衆衛生研究所報、42(3),1993; 402-412
  • 3)
    https://bechtel.stanford.edu/ :いろいろなプログラムが紹介されています