佐久間先生:教育史研究こぼれ話Vol.4:フレーベルは「白馬の騎士」?―― 教育の思想や歴史を研究する上で守るべきもの

2013.07.29
佐久間 裕之

2012年4月から半年間に渉って、日本学術振興会(JSPS)の「外国人招へい研究者」として、ドイツ・イエナ大学准教授のカーステン・ケンクリース氏が来学しました。私は彼の「受入研究者」として日本滞在中の研究支援を行いました。彼の滞在中、日独の教育思想について大いに語り合い、私もたくさんの刺激を受けることができました。

さて、同年9月15、16日の2日間にわたって、玉川大学を会場として日本ペスタロッチ―・フレーベル学会第30回大会が開かれました。そこで第30回大会を記念する特別講演を彼にお願いすることになりました。演題は「ドイツにおけるフリードリヒ・フレーベルの今日的意義」です。私は通訳としてこの講演にかかわりましたが、彼の講演内容は、教育の思想や歴史を研究する人々に警鐘を鳴らすものでもありました。

ケンクリース氏の所属するイエナ大学は、かつてフレーベルの学び舎であったところです。2010年には第4回国際フレーベル学会(IFS)の会場校にもなりました。彼はこの国際会議の内容を吟味し、ドイツにおけるフレーベル研究がもつ今日の憂慮すべき状況を描き出しています。その詳細はここで述べることができませんが、そのポイントは次の点にあります。すなわち、フレーベル研究は今日、様々な方向へと発展してはいるが、難解なフレーベルの思想そのものを、その思想が産み出された歴史的コンテクストを踏まえて捉えようとする研究は、ほとんど見られない、というのです。極端な場合は、著名な「フレーベルという名前」が単に「見出し語」や「導入」にのみ利用されているといいます。

ケンクリース氏は、この状況を踏まえて、今日「フレーベルという名前」は、研究者たちにとってまるで「白馬の騎士」のようであると評しています。輝かしい甲冑を身にまとった「白馬の騎士」を後ろ盾として、権威として、それぞれの研究を展開する。しかし、フレーベル思想やその思想の持つ歴史的なコンテクストはほとんど顧慮されていないのです。これは、きつい言い方をすれば、フレーベルという大変著名な人物の名前を持ち出して、勝手なことを言うようなものです。

彼の講演は、とりわけ教育の思想や歴史を研究する上で守るべき大切な原則を、改めて思い起こさせてくれました。

  • カーステン・ケンクリース氏の講演「ドイツにおけるフリードリヒ・フレーベルの今日的意義」(拙訳)は、次の文献において公表されます。
    日本ペスタロッチ―・フレーベル学会誌『人間教育の探究』第25号、2013年。