若月先生:インクルーシブ教育(保育)システムの構築Vol.1:共生社会の形成

2013.09.02

OECD保育白書 「人生の始まりこそ力強く:乳幼児期の教育とケアの国際比較」において、前OECD乳幼児期の政策調査責任者である、ジョン・ベネット氏 M.E.d.,Ph.D.は「日本語版への序」において次のような文書を示しました。

『インクルージブ教育については1948年に採択された世界人権宣言、および国連子どもの権利条約にも明記されている。直近の「国連障碍のある人の権利に関する条約(2006年)でも障碍をもつ子どもにとってインクルージブな教育が最も優れた教育モデルであることが指摘されている。
適切な計画がなされれば、インクルージブ教育は、すべての子どもに好ましい学習成果をもたらす。なぜなら、インクルージブ教育は学習者1人ひとりに向けられたアプローチをとるため、すべての子どもが恩恵を受けることになるからである。教室のなかに存在する多様な学習スタイルや能力が、障碍の有無にかかわらず、すべての子どもたちの間に学びの交流を生む。個性を認めることは、多元的な活動内容を提供することを意味し、結果として多くの場合、すべての子どもたちが学習内容をよりよく理解すことへつながっていく。』※1

また、文部科学省から平成24年に報告された「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築」は、これからの障がいのある子どもの教育や保育のあり方についての方向性を示しています。

「共生社会」とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。障害者の権利に関する条約第24条によれば、「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system、署名時仮訳:包容する教育制度)とは、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みであり、障害のある者が「general education system」(署名時仮訳:教育制度一般)から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供される等が必要とされている。※2

上記二つの文献及び報告は、「国連障碍のある人の権利に関する条約(2006年)」の流れを受けて、障がいのある子どものこれからの教育や保育の方向性に強い示唆を示したものであります。特別支援教育が一般化する中で、特別支援教育のコーディネーターの役割や、校内委員会の組織化、幼保小連携においても個別の教育支援計画などが明示されることによって、少しずつ実践の中で子どもの育ちの連続性と接続期を重視した取り組みの実践が報告されつつあります。※3 また、文科省はこの8月に「障害のある児童生徒の教材の充実について」の報告を出しました。総合的に障がいのある児童・生徒に対する具体的な学校の体制整備について示しています。

しかし、具体的な保育のあり方や教育の方向性は各幼稚園・保育所、また小学校の取り組みに委ねられているのが現実であり、現場ではその難しさに苦悩を抱えている保育者や教師が存在することも否定できません。本コラムでは、本稿を含めて4回にわたり、インクルーシプ教育(保育)のこれからの研究と実践の方向性について検討していきます。

幼児教育や保育に関しては常に一歩遅れていると感じることが多いのですが、実は幼児教育・保育の世界は既にインクルーシブ教育(保育)の実践に具体的に取り組んで来ているのです。1981年の国際障害者年以降、幼稚園や保育所の現場では、統合保育(integration)が推進されており、多くの保育現場では障害のある子どもの受け入れが確実に進み、その中での子どもの育ちを丁寧に探る取り組みが多くなっています。※4

元来幼児教育や保育における障害のある子どもの受け入れは、共に生活するインクルーシブ的な要素が強く、生活や遊びの中で他の子どもとのかかわりは、模倣や共感的なかかわりの中から良い成果を生み出しています。もちろん障害のある子どもの保育には課題も多く、保育者は難しい場面に出会います。財政的に厳しい園では加配や補助の力を借りることが難しい中、保育者間の連携を深め、個々のニーズを丁寧に探り、保護者と連携・協力しながら多くの子どもたちを小学校に送り出してきました。また、個々の育ちを小学校に理解してもらうために、必然的に幼保小の連携が必要となっているのです。

特別支援教育は、子どもの育ちの連続性と保育者、教師の保育や教育のあり方にとって必然的なことであり、その成果も多々生まれています。インクルーシブ教育の推奨は、幼児教育にとっては大きな流れを生むだけでなく、家族の安心や子どもの育ちにとって確実に良い成果を生むことにつなげなければなりません。この社会的趨勢をポジティブに捉え、家族支援の視点を持って日々の保育や教育に取り組むことが望まれています。

次号では、分離~統合~インクルージョンの流れについて、その相違点と共通点について検討し、障害のある子どもが育つための保育・教育のあり方を検討したいと思います。

  • 1「人生の始まりこそ力強く:乳幼児期の教育とケアの国際比較」明石書店  OECD編著 星三和子他 訳 2011年
  • 2「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築」文部科学省  初等中等教育分科会 2012
  • 3横浜市幼保小教育連携研修 分科会6 「特別支援教育部会」 2013
  • 4 横浜市幼稚園協会 特別研究委員会3 1996~