寺本先生Vol.1:日本初!観光教育の指導法を研修する教員免許更新講習

2015.09.04

沖縄県での試み

昨年夏より、琉球大学観光産業科学部の友人と共に観光をテーマに置いた教員免許更新講習を沖縄県で開いている。沖縄県ならきっと成功すると思い、数年来研究を積み重ねてきた基礎的な観光教育の教材と指導法を体験してもらっている。おそらくこういう試みは日本初であろう。受講生は20人ほどであるが、小学校から高等学校教員まで熱心な先生方が参加されている。中味は、観光人材育成のための教材開発がメイン。沖縄県は観光立県であり、観光業が県の収益を引っ張ってくれるリーディング産業なのだ。
一方、小学校社会科の内容には身近な地域や4年単元「わたしたちの県のようす」5年「水産資源や森林資源を守る」6年「身近な政治と暮らしの向上」などの観光を導入できる単元がある。中高校においても社会科や地理歴史科、公民科で地域の観光産業や世界遺産と絡めて新しい単元開発の可能性がある。下の写真は、わたしが新規に作製した26枚の観光客が楽しむ行動を描いたイラストカードを沖縄県の地図の上で受講生である先生方が広げている場面である。受講生はこのカードと具体的な県内の観光地を結びつけ、例えば「綺麗な万座ビーチで結婚式をあげて沖縄料理に舌鼓を打つ。」などといった楽しみ方を案出するのである。その後で、グループで話し合い、最も楽しそうで実現可能な観光行動(楽しみ方)案を選んで、模造紙に観光滞在プログラム案を作成してもらう手順である。この流れは十分、小中学校の社会科に導入できると感じている。

写真1 観光地+イラストカードを結びつける
写真2 県内をめぐる新しい観光滞在プログラムを立案

観光を取り巻く現状

ところで、近年、全国の大学で観光学部や学科の設置が急増している。政府も観光庁を設置し、ビジット・ジャパンキャンペーンや観光人材プラットフォーム事業を展開し、観光産業を後押ししている。まさに観光立国を目指して官民あげて動き出している。日本は、これまで、インバウンド(外国からの来日観光)に関しては十分に発達しているとは言い難く、経済規模に比べて世界の中でも外国人観光客が少ない国に属してきた(例えば2010年の統計では、外国人旅行者受入数では世界で30位に過ぎない)。
しかし、円安や食、アニメから始まった日本ブームが追い風となり、目下、東京・横浜、伊豆・箱根、京都、北海道などには多くの外国からの観光客が押し寄せている。クールジャパンやカワイイ文化の人気も相俟って来日観光への熱いまなざしは今後さらに加速されるだろう(ちなみに、観光庁は平成28年までにインバウンドを1800万人に目標設定している)。
ところで、こうしたインバウンドの観光を一時の流行と捉えてはもったいない。外国からの観光客が日本の大都市部や有名観光地だけでなく、地方都市にまで旅する時代が近い将来予想される。日本は極めて安全で清潔な街が広がっており、観光案内や宿泊サービスや交通アクセス、お土産の質など基本的なインフラやサービスの点でも地方と都会の格差はそれほど大きく開いてはいない。そのため、今後外国人からも好感を持って受け入れられる観光地として各地の土地が成熟することが期待されるのだ。
例えば、街中や温泉地に建っている日本式旅館そのものも、立派な観光資源になる。畳の間や床の間、生け花や小物、布団、風呂、割烹料理、仲居さん、和風の中庭でさえ日本文化を代表する観光資源として益々注目を浴びることろう。こうした身近な観光資源を背景に、今後一層求められる資質は、インバウンド観光をもてなしの精神で受容できる観光知を有した人材の育成であり、単に観光業に携わる関係者だけの資質にとどまらない可能性がある。観光地に住む住民も国内外からやってくる観光客に対して確かな当該地に関する知識とホスピタリティ精神を保有する必要があるからだ。先進的な事例として京都市中心部に住む人々は長年、外国や国内からの多くの観光客との接し方を自然に身に付け、「おいでやす」の精神で見知らぬ観光客に対しても道案内ができる。当然、京都市内の名所旧跡についての地理的な基礎知識に関しては、格段と高い質の知識を保持している人が多い。京都人が外から来訪してきた観光客に向けて自然体で接し、自らの市の自慢できる箇所をさりげなく誇りを持って紹介できる所作こそ、日本型の観光ホスピタリティと言ってよいかもしれない。
インバウンド観光に限らず、日本人が外国を旅する際のアウトバウンド(海外旅行)の際にも発揮できる観光知の育成に対しても、当然地理・歴史の基礎知識は重要である。わたしが専門とする地理教育はこれまで一定の地域像や国土像、世界像の形成に寄与してきた教科として認知されてきたが、地理空間に関して学習主体である児童生徒の興味関心を引き出す点においてはいささか不十分な側面があった。それは、行ったこともない土地の地理的事象をどうしていま学ばなくてはならないのか、日本や世界の地理を万遍なく教科書や地図帳を通して学習しなくてはならない根源的な意義を上手く説明できてこなかったからである。その点、観光という窓口は、地理教育の学習意義を学習者に理解してもらう有効な方法論となり得る。その意義について、わたしは次の二つの観光「ち」(観光知と観光地)学習を視点に持っている。

観光知を学ぶアングル

自己の行動として見知らぬ土地への観光旅行を想定したり、実行したりする過程で獲得できる資質として、時刻表活用や旅程の立案、安全管理、景観観察、地図活用、外国語会話、外貨両替など観光に付随する様々な基礎知識や技能、旅行先の文化に対する寛容性や価値観などが考えられるが、これらを総称してここでは仮に「観光知」と呼びたい。観光知学習は、地理教育が伝統的に担ってきた地図技能や地理写真判読、移動にまつわる計画立案などと大いに関係する能力であり、地理教育が主導できる観光の授業の中核でもある。過去の探検家や旅行家が記述して残した著名な旅行記や家族で旅した旅行アルバムやブログなども観光知育成のための学習材として活用できるから楽しい。観光知は、基本的に移動にまつわる様々な局面で活用できる問題解決能力であり、外国語能力と共にグローバル人材につながる基本的な能力とも言える。外国から来日する観光客とのコミュニケーションを図る日本人の態度も、実は日本人自身の外国(語)理解度や旅行能力の高さが関係している。同時に観光知学習を通して観光自体を前向きに捉え、行動的な大人になろうとする意欲や態度も育成したいものだ。 「観光の授業」を構想する上で、児童生徒の外国への好奇心は高く、海外旅行の話題に対して強い関心を示すため、従来の地理的技能の指導法よりも有効な手段として認知できる可能性がある。筆者が私立小学校5年生に対して飛び込み授業として「旅行パンフレットからコラージュをつくろう」という社会科授業を実施した際にも児童の反応はすこぶる良いものであった。写真に示されたようにいくつかの外国旅行パンフレットを児童に選択してもらい、A3サイズの台紙に選びとった旅行パンフレットから、ハサミで気にいった写真やキャプション、題字などを切り取り、手描きのイラストも混ぜてオリジナルの外国紹介コラージュを作成させた。

写真3 選んだ国のパンフレットを切り取っている児童

こうした観光に興味関心を抱かせる学習と共に、観光知につながる重要な学習内容に一つとして旅程の作成がある。限られた日数の中で目的に応じて効果的に観光が実現できるためのコース設定である。旅程作成は、学習者に観光旅行の臨場感を与え、自分自身で観光を充実したものにしていこうとする主体性を喚起するきっかけとなる。当然、観光地までの移動で通過する土地や訪れる観光地周辺の地図を活用することになり、地図判読能力も高まるだろう。時差や乗り換え、入国審査、気候の差に応じた着替え、両替や現地での交通機関に関する知識など旅行を遂行するための具体的な知識や技能が習得できるのもメリットであろう。

観光地を学ぶアングル

もうひとつの観光「ち」学習は、観光地という旅行先の地理や歴史、産業、文化、政治、言語等について学ぶ領域である。このうち、観光地を広い視野から捉える窓口として地理教育が主導的立場に立てる。ただし、単に見知らぬ土地について交通や気候、産業などを項目的に並列に学習するのではなく、観光を産業として扱い、観光開発によって自然環境が悪化している具体的事例を通して、あるべき環境保全の在り方を学ぶとか、観光地の住民が地域おこしの一環で商店街活性化を試み、お土産物の販売が増加している事例を学ぶとか、持続可能な観光としてエコツーリズムを理解し、自分たちもエコツーリストとして参加し、観光地の魅力を向上させるとか、いずれも観光という題材を問題解決的な教材として活用する学習が欠かせない。観光地学習は、学問的には観光地理学や地域政策学、地域研究、環境教育などの分野の手法や成果を活用することになる。観光地学習は探究的な学習が実現でき、観光地の住民の立場に立つとどのような観光開発が望ましいのか、サステイナブルな観光地の在り方を観光客の目からも考えるなど、学習者の意思決定を促し有効な学びとなるだろう。ESD(持続発展教育)の格好の題材になり得る。これらの研究成果は目下、本学教育学部紀要『論叢』や『教師教育リサーチセンター年報』などに執筆している。参照してもらえれば幸いである。