大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

樹状突起の空間的広がりを利用したシナプス可塑性の変調特性

近藤 将史 脳情報研究科【博士(工学)】2014年3月

脳はどのように『記憶』を形成しているのだろうか?――これまでの知見から、神経細胞同士をつなぐシナプスの伝達強度に記憶が蓄えられていると考えられている。BiとPooら(1998)は、シナプスの両側の神経細胞の活動タイミングに依存して、シナプス伝達強度が変化する現象を発見した。『スパイクタイミング依存性可塑性(STDP; Spike Timing-Dependent Plasticity)』と呼ばれるこの現象は、生体内において尤もらしい活動パターンでもシナプス伝達強度が変化することを示しており、『学習・記憶』の神経基盤として、有力な候補と考えられている。このSTDP はシナプスの両側の神経細胞の活動タイミングのみに注目している。しかし、シナプスが主に形成される樹状突起という部位は、樹状に広がっており、その様々な場所に多数のシナプスが形成されている。シナプス可塑性は、そのシナプスの両側の活動タイミングだけでなく、他のシナプスへの入力タイミングにも依存するのではないだろうか。

この論文では、他のシナプスへの入力タイミングとその樹状突起上の位置関係によって、STDPがどのような変調を受けるのかを調べた。膜電位感受性色素を用いた光イメージング法によって、記憶情報処理に重要とされる海馬CA1野の樹状突起におけるシナプス可塑性を計測した。

神経細胞の細胞体で活動電位が発生すると、軸策を通じて次の神経細胞群へと情報伝達される(右図、上向き)と共に、入力を受けている樹状突起へと逆向き(右図、下向き)にも伝搬する。この逆伝搬活動電位(bAP: back-propagating action potential)がSTDPを引き起こすために重要であると考えられている。我々は、近い樹状突起(PD: proximal dendrite)への興奮性および抑制性シナプス入力が逆伝搬活動電位(bAP)の振幅を変調し(右図 左下)、結果的に細胞体から遠い樹状突起(DD: distal dendrite)のSTDP の大きさを変化させることを示した(bAP増大→STDP 増大、bAP 抑圧→STDP 減少または消失、右図 右下)。これは逆伝搬活動電位(bAP)が、シナプスに細胞の発火を伝達するだけでなく、細胞体に近い(PD)シナプスへの入力タイミングを、細胞体から遠い(DD)シナプスへと伝達する役割も果たすことを示している。

この研究より、シナプス可塑性がそのシナプスの両側の活動タイミングだけでなく、他のシナプス入力のタイミングとその空間的な位置関係にも依存することが明らかとなった。これは空間的な広がりをもつ樹状突起の様々な位置のシナプスに入力される時空間パターンに依存して学習していることを示唆しており、単純なSTDP則よりも能力の高い時空間学習が可能であることを示している。