大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

未就学児の利他行動における直接監視と間接監視の効果
藤井 貴之 脳情報研究科【博士(学術)】2016年3月
The effect of direct and indirect monitoring on generosity among preschoolers. Fujii T, Takagishi H, Koizumi M, Okada H. Sci Rep. 2015 Mar 12;5:9025

ボランティア活動や募金行為に見られるように,人間には他者へ対して利他的に振る舞う傾向があり,これまで様々な分野で研究が行われてきた。成人を対象とした研究の結果,他者からの直接の監視は利他行動を促進する効果を持つことが明らかになっており(直接監視の効果),さらには監視を示唆するような些細な刺激(e.g., 目の絵)を提示されるだけでも利他行動は促進されることが明らかになった(間接監視の効果)。また近年では,利他行動における監視の効果が未就学児においても見られるのかどうかに注目が集まり研究が進められている。しかし,その多くは直接監視の効果を検討するのみであり,子どもにおいて間接監視の効果が見られるのかどうかは検討されてはこなかった。そこで本研究では,直接監視の効果が報告されている5歳児を対象として,直接監視と間接監視による利他行動の促進効果についての検討を行った。また,先行研究では子どもにおける監視の効果が評判への関心によるものである可能性が示唆されていたが,5歳児では自身の評判を理解する上で必要と考えられる高次の心の理論(他者から見た自分を表象する認知能力)は発達していないという報告があるため,本研究では高次の心の理論の発達についても合わせて検討を行った。

【図1】実験状況の様子 間接監視条件では目の絵,監視なし条件では花の写真がそれぞれディスプレイ上に呈示された。実験者は参加者が作業の内容を理解していることを確認した後に部屋を出ており,参加者は一人でお菓子の分配を行った。

42名の未就学児(5歳か6歳)が独裁者ゲームを行った。参加者は,10個のコインチョコレートを自身と他者(匿名のクラスメート)との間でどのように分けるかを決定した。課題遂行中に相手は目の前にはおらず,机の上にクラスの集合写真が提示され,実験終了後にその中から一人がランダムに選ばれることが参加者へ教示された。独裁者ゲームを行う際,実験者が横で見ている場合(直接監視条件),誰もいない状況で目の前のディスプレイに目の絵が呈示されている場合(間接監視条件),誰もいない状況でディスプレイに花の絵が呈示されている場合(監視なし条件)という3つの条件が用意され(図1),参加者は各条件について,それぞれ別の日に参加した。また,参加者はパソコン上で高次の心の理論課題に回答した。

【図2】条件ごとの平均提供個数 直接監視条件では,間接監視条件および監視なし条件に比べて平均提供個数が有意に多いことが明らかになった。間接監視条件と監視なし条件の間には有意な差はみられなかった。(*は,統計的に差が見られた箇所(5%水準))

実験の結果,相手への平均提供個数は直接監視条件が他の2つの条件よりも有意に高いことが明らかとなった(図2)。一方で間接監視条件と監視なし条件との間では有意な差は見られなかった。また,心の理論課題の正答率は12%であり,ほとんどの参加者にとって高次の心の理論は発達していないことが示された。

本研究の結果,5歳児の利他行動における直接監視の効果が示された一方で,間接監視の効果は示されず,また参加者の多くが自身の評判を理解するのに必要である高次の心の理論が未発達であることが示された。これらの結果からは,5歳児の利他行動における監視の効果は評判への関心よりも,目の前に存在する他者から褒められたい,叱られたくないといったような直接的な反応を気にするために生じていることが示唆された。今後は高次の心の理論が発達する児童期を対象として,利他行動における監視の効果の発達・生起プロセスについて検討することが望まれる。