大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

海馬顆粒細胞への空間情報伝達は非空間情報によって促進される
早川 博章 脳情報研究科 【博士(工学)】2015年3月
Spatial information enhanced by non-spatial information in hippocampal granule cells. Hayakawa H, Samura T, Kamijo TC, Sakai Y, Aihara T. Cogn Neurodyn. 2015 Feb;9(1):1-12

【図1】海馬歯状回 顆粒細胞

我々は見た物やかいだ匂いなどを経験した場所と結びつけて記憶することができる。経験した感覚が印象深ければ、その場所の記憶も鮮明となる。このように経験した様々な感覚を統合して記憶を形成するのには、海馬と呼ばれる脳領域が関わっていると考えられている。海馬の入り口にあたる歯状回では、場所を表す空間的な情報とその他の様々な感覚情報を両方とも受け取っている。そして、空間的な情報と非空間的な情報は、それぞれ顆粒細胞の別の部位に入力されることがわかっている。非空間情報は細胞体から遠い部位(DD)のシナプスを通じて伝達され、空間情報は比較的近い部位(MD)のシナプスを通じて伝達される(図1)。それぞれの部位に入力された情報は顆粒細胞の中でどのように統合されるのだろうか。この論文では、実験的に測定したシナプス応答特性を元に生物学的に詳細な顆粒細胞モデルを構成し、コンピューターシミュレーションを行うことで、顆粒細胞モデルの異なる部位に入力される情報の統合様式を調べた。

歯状回の顆粒細胞の遠位(DD)と中位(MD)では、シナプスの応答特性が異なることが知られている。そこで、まずラットの海馬スライスを用いてシナプスの応答特性を調べ、そのデータにモデルフィッティングを行った。フィッティングの結果、得られたシナプス応答のモデルパラメータを既存の顆粒細胞モデルに組み込むことによって、顆粒細胞の入出力モデルを構成した。そして、様々な統計性をもつパターン入力を各シナプスに入力し、モデル顆粒細胞の応答特性を調べた。


【図2】顆粒細胞モデルの応答特性

 

完全にランダムな入力パターンを入力した場合、先行研究からも類推されたように、遠位(DD)への入力は入力頻度の上昇に伴ってモデル顆粒細胞の出力頻度も高くなるが、中位(MD)への入力は一過性に応答した後は入力頻度の上昇に応じた出力は得られないことが確認された。さらに様々な統計性をもつ入力パターンを試した結果、中位(MD)への入力では、特定の時間スケールのバースト入力に対して特異的な応答を示し、その特異性は、遠位(DD)へのランダム入力によって強調されることがわかった(図2)。

ラットが移動中に、海馬ではシータ波と呼ばれる6?12Hz程度の周期的な活動が起こることが知られており、移動の結果として得られる空間的な情報はこのシータ波に乗って表現されていると考えられている。したがって、顆粒細胞の中位(MD)のシナプスに到達する空間情報はシータ波に乗ったバースト的な入力パターンになっていると想定され、このような入力だけを他のノイズから選択的にフィルタするような役割を担っているという可能性がある。顆粒細胞の遠位(DD)のシナプスに入る非空間的な様々な感覚情報は、その選択的なフィルタをより鋭くする機能を担っているのではないだろうか。この論文で得られた知見は、経験した感覚を場所と結びつけて記憶する海馬の機能の解明に向けた一定の蓄積となった。