大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

オキシトシン受容体遺伝子と信頼態度の関連:扁桃体の体積の役割
仁科 国之 脳科学研究科【博士(学術)】2019年3月
Association of the oxytocin receptor gene with attitudinal trust: role of amygdala volume. Kuniyuki Nishina, Haruto Takagishi, Fermin Alan, Miho Inoue-Murayama, Hidehiko Takahashi, Masamichi Sakagami, Toshio Yamagishi. Soc Cogn Affect Neurosci. 2018 Oct 25;13(10):1091-1097.

信頼は個人間の問題のみならず、政治、経済、法律といった社会全体における問題においても重要な役割を果たしている。近年では、信頼の生物学的な基盤を明らかにしようとする試みが盛んに行われており、第三染色体にあるオキシトシン受容体遺伝子(OXTR )が信頼態度や信頼行動と関連することが明らかにされている。OXTR にはイントロン領域にrs53576 という一塩基多型が存在し、ここの塩基はG である場合とA の場合がある。両親からG タイプを受け取ったGG 遺伝子型を持つ男性は、AA またはAG 遺伝子型を持つ男性よりも高い信頼行動、および信頼態度を示すことが明らかにされている(Nishina et al., 2015)。しかし、どのようなメカニズムによってOXTR の多型と信頼が関連を示すのかについては不明である。オキシトシン受容体は扁桃体に多く分布し、オキシトシンと結合することで扁桃体の活動を抑制し社会的相互作用における不安を緩和する作用を持つことが明らかにされている。そこで本研究では扁桃体の体積を遺伝子型と表現型の中間表現型として扱い、扁桃体の体積がOXTR の多型と信頼の関連を媒介しているかを検討することを目的とした。

【図1】オキシトシン受容体遺伝子多型と扁桃体の体積の関連

20 代から50 代の男女410 名を対象とし、MRI 画像(T1強調画像)の撮像を行い、参加者の信頼態度を測定した。参加者は“たいていの人は信頼できると思いますか?それとも常に用心した方が良いと思いますか?”という質問に対して「0:常に用心したほうがよい、1:信頼できると思う」の2 択で回答した。脳画像の分析はVoxelbased morphometry を用いて行った。

実験の結果、OXTR rs53576 でGG 型を持つ男性はAA/AG 型を持つ男性よりも左扁桃体の体積が小さいことが明らかになった(図1)。一方、GG 型を持つ女性はAA/AG 型を持つ女性よりも左扁桃体の体積が大きいことが明らかになった。また、男性では、信頼態度が高い人は低い人よりも左扁桃体の体積が小さいことが明らかになったが、女性ではこのような関連はみられなかった。さらに、OXTR rs53576 と信頼態度の関連は左扁桃体の体積が媒介していることも明らかになった(図2)。

【図2】オキシトシン受容体遺伝子多型と信頼態度における左扁桃体体積の媒介効果

本研究の結果は左の扁桃体の体積がOXTR と信頼態度の関連において重要な役割を果たすことを示している。今後は扁桃体の機能的な側面からOXTR と信頼態度の関連について検討することが必要である。