大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

Phase−Scaling analysisを用いた大脳皮質における感覚・運動関連情報の分布の解明
川端 政則 脳科学研究科 【博士(工学)】 2021年3月
A spike analysis method for characterizing neurons based on phase locking and scaling to the interval between two behavioral events.
Masanori Kawabata, Shogo Soma, Akiko Saiki-Ishikawa, Satoshi Nonomura, Junichi Yoshida, Alain Ríos, Yutaka Sakai, and Yoshikazu Isomura.
Journal of Neurophysiology 2020 DEC 17, 124:6, 1923-1941

我々は目や耳などから得た視覚・聴覚といった感覚情報を元に、状況を把握したり次の行動選択を行ったりしている。この時脳内では、感覚情報が運動情報や報酬情報といった別の情報へ変換されている。この情報変換メカニズムをニューロンレベルで明らかにするために、光刺激に応答してレバーを引く行動課題を遂行中のラットの大脳皮質から神経活動の記録を行ない、大脳皮質の一次視覚野(V1)・頭頂連合野(PPC)・一次運動野(M1)・二次運動野(M2)における感覚・運動情報の表現を調べた。

刺激応答性レバー引き課題では、ラットが右前肢でレバーを前に押すことで試行が開始され、0.5~1.5秒間押し続けると光刺激が提示される。刺激提示から0.3秒以内にレバーを手前まで引くと成功となり、0.3~0.7秒後にレバーの先端から甘いサッカリン水が与えられる。刺激提示からレバー引き開始までにかかる時間は反応時間と呼ばれ、試行ごとにばらつきがあった。この反応時間のばらつきを利用することで、光刺激の直後に合わせて活動しているニューロンは感覚情報に、レバー引きの直前または直後に合わせて活動しているニューロンは運動情報に、それぞれ関連していることが調べられる。

しかし、情報変換を行うためには変換前後の情報だけでなく変換中の中間・複合情報も必要である。そのため、そういった情報に関連して、例えば刺激提示から運動開始まで持続的に活動するようなニューロン(スケール型ニューロン)も存在すると考えられる。本研究では、記録したニューロンの関連している情報を、感覚・運動だけでなくそれらの中間・複合情報も合わせて定量化する解析手法:Phase−Scaling analysisを提案した(図1)。この手法では、刺激提示(phase = 0)から運動開始(phase = 1)までのラスタープロットを揃える時点と、反応時間のばらつきをノーマライズする程度(scaling = 0~1)の2変数を、それぞれ少しずつ変化させながらスパイク活動の大きさ(activity variation)をそれぞれ求め、その大きさの変化をマップとして定量化した(activity variation map)。このマップの形状から解析対象のニューロンが感覚・運動・中間・複合情報のどれに最も関連しているかを定量化できる。

図1. Phase−Scaling analysisの手順

8頭のラットから記録した3,493ニューロンのうち、刺激提示~運動開始の期間において有意に活動していた719ニューロンにPhase−Scaling analysisを適用してそれぞれマップを取得した。このマップを特徴量として凝集型階層クラスタリング(Ward法)を行い、エルボー法で最適と判定された4つのクラスターにニューロンを分類した。これらのクラスターはそれぞれ、感覚・運動・中間・複合情報関連ニューロン群となっていることが平均マップから見て取れた。各領野におけるこれらのクラスターの割合を比較すると、V1には感覚関連ニューロンが偏って存在しており、PPC・M1・M2は全てのクラスターを均等に含む類似した分布となっていることが明らかとなった(図2)。

図2. 大脳皮質ニューロンの感覚・運動情報への関連性による分類

本研究では、スパイク時刻列の累積分布を元に神経活動のパターンの分類および刺激提示からスパイク活動開始までの潜時の定量化を行う解析手法も提案した。その結果、光刺激が提示されるとまずV1の感覚関連ニューロンが活動し、次にPPC・M1・M2において全てのクラスターを含むUp-down・Down-up・Down formニューロンが活動し、最後にUp formニューロンがレバー引き後まで引き続いて活動していることが明らかとなった。これらの結果から、V1とPPCの間で感覚・運動情報の表現が大きく変化していることが判明した。今後はV1とPPCの間に位置する高次視覚野に焦点を当てて情報表現の変遷を調べるとともに、異なる情報表現・活動パターンを持つニューロン間の結合関係を明らかにすることで、感覚・運動変換のメカニズム解明に迫っていきたい。