木村實 研究室

木村 實   脳科学研究所 教授

融合脳計測科学/システム神経科学/融合社会脳科学  医学博士

大脳基底核を中心とする意志決定と学習の脳メカニズムの解明

2014.9掲載

研究内容

木村研究室では、大脳基底核、ドーパミン系、視床、扁桃体を対象として、サルとラットを用いた動物実験、ヒトを対象とする脳機能イメージングと計算論的神経科学の研究を行っています。これらの神経回路で実現する学習、随意行動と意志決定のための情報処理と計算原理を理解することを通して人間の思考を理解することが目標です。

木村と共同研究者は、選択肢の中から試行錯誤によって最も望ましい選択肢を選ぶ際に、中脳ドーパミン細胞の放電頻度(結果的にドーパミンの放出)が短期的、長期的な将来に得られると予測される報酬とその誤差を表現すること、ドーパミンを受け取る線条体では選択肢や行動だけでなく、過去の行動とその結果得られた報酬の履歴から推定される選択肢の価値情報が表現されることを証明しました。この結果は、ドーパミンによる報酬予測誤差に基づいて線条体細胞の担う行動(選択肢の)価値がアップデートされることよって、将来の目標に到達するための学習と意志決定が実現するという強化学習理論のモデルをサポートになり、大脳基底核の機能の理解を大きく拡げました。

現在、学習初期から完成期を経て行動が習慣化する過程でドーパミン細胞の報酬予測信号がどのように変化するか、線条体、扁桃体や大脳皮質などへ投射するドーパミン細胞の性質の違いなどについて詳しく調べています。大脳基底核が望ましい行動を予測してバイアスをかけている時に予測しない事態が生じると、視床髄版内核がバイアスの切り替えを行うことを木村と共同研究者が発見しました。視床から線条体に投射する系が関与するかどうか検証実験を進めています。

また、ドーパミンの報酬予測誤差による行動価値のアップデートは現時点では仮説であり、報酬予測が実際よりも高いことが分かった時には線条体細胞の放電頻度で表現される価値を割り引き、実際より低い場合には価値を高める仕組みが分かっていません。大脳皮質から線条体へのシナプス伝達のドーパミンによる長期増強、抑圧が価値アップデートの基礎過程であると推測されますが、淡蒼球内節・黒質網様部に投射する直接路細胞は長期増強、淡蒼球外節に投射する間接路細胞が長期抑圧と対照的なはたらきを持つことが注目され、脳機能研究の最の熱いテーマの一つになっています。そこで、礒村宣和研究室、酒井裕研究室との共同研究によって、D1R/D2RプロモータCre発現Tgラットと各種ウイルスベクター(福島県立医科大学の小林和人研究室より提供)とマルチニューロン記録によって、線条体の直接路細胞と間接路細胞が選択肢の価値を表現し、意志決定の結果の良し悪しによって価値を更新する過程を精力的に調べています。幸い、この共同研究は2014年開始の文部科学省「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」による支援が決定し(礒村宣和代表)、チーム全員で意欲的に取り組んでいるところです。

強化学習モデルによって大脳基底核の意志決定と学習機能における計算過程の理解が進んでいますが、扁桃体は、大脳皮質との密な連携と中脳ドーパミンの支配の点で線条体とよく似ていますが、計算原理の理解は大変遅れています。情報通信研究機構の春野雅彦研究室(渡邊言也、田中敏子)との共同研究によってヒトの脳機能イメージングと計算神経科学からこの課題に挑戦しています。Haruno, Frithと Kimuraは、ヒトの社会性個人差の指標となる Social Value Orientation(SOV)によって分類されるprosocialとindividualistの扁桃体と側坐核の活動を見ると不公平を嫌う程度が分ることを明らかにしました。

研究体制

木村研究室は、2010年4月に丹治順名誉教授の研究室を引き継ぐ形で研究活動を開始しました。脳科学研究所は、丹治順名誉教授、坂上雅道教授、星英司前教授、鮫島和行准教授などの尽力によりサルを対象とする神経科学研究の拠点として施設が整備されていましたので、木村の前任である京都府立医科大学での共同研究者榎本一紀、山中航君と共に数か月で実験・研究室を立ち上げることができました。また、ATRから出向して京都府立医科大学で共同研究をした鮫島和行准教授からも継続的な支援を得ています。脳の神経回路で実現する学習、随意行動と意志決定のための情報処理と計算原理を理解することを通して人間の思考過程を理解することが研究室の目標ですが、流行に惑わされない研究者個人の自由な発想と、ソリッドな研究をモットーとしています。

略歴

1971年東京教育大学体育学部健康教育学科卒業、1978年東京大学大学院医学研究科博士課程(伊藤正男教授)修了、1978年自治医科大学医学部助手、1982-3年米国国立衛生研究所(E Evarts研究室、NIMH)へ留学、1990年国立生理学研究所高次液生調節部門客員助教授、1992年大阪大学健康体育部教授、2000年京都府立医科大学大学院教授、2010年より玉川大学脳科学研究所所長・教授。専門はシステム神経科学。所属学会は日本神経科学学会、日本生理学会、Society for Neuroscience、International Basal Ganglia Society (IBAGS)など。Human Frontier Science Program受賞(1992-1994年)、日本神経科学学会時実利彦記念賞(2001年)、日本神経回路学会論文賞(2006, 2012年)。文部科学省特定領域研究「脳の高次機能システム」領域代表(2004-2008年)、文部科学省新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」領域代表(2010-2014年)。

参考文献