小松英彦 研究室

小松 英彦 脳科学研究所 教授

システム神経科学/認知神経科学/視覚生理学  工学博士

質感認知の研究を通して、世界が持つ豊かさの源泉に迫る

2018.4掲載

研究内容


さまざまな素材でできた棒

私たち人類はまだ生まれて20万年ほどしかたっていませんが、何十億年という地球の歴史の中から生み出されてきた存在です。豊かでかつ時には過酷な地球環境の中で、うまく生きていけるような仕組みが、進化の過程でヒトの体には備わっています。脳も同じです。私たちの身の回りに存在する光と空気と水、木々や草花、生き物たち、石や土、そして人類が作ってきたさまざまな加工物や人工物が私たちを取り囲む環境を作っています。それらの事物はそれぞれ固有の見た目や手触り、音あるいは匂いを持っています。私たちは感覚器官(目や耳や皮膚など)を通してそれらの外界の情報を脳に取り入れて、それが何であるのか、硬いか柔らかいか、安全か危険か、などさまざまな判断を行っています。環境が持つそのような豊かな情報との触れ合いが無ければ、日々の生活は何ともつまらないものになることでしょう。環境の中に存在する多様な事物を感じ取り、認識する機能こそが豊かな感性を持つ健全な心の発達の基礎にあると思います。


光沢を見分ける神経細胞の例

私は主に物を見る機能、つまり視覚が脳の中でどのようにして行われているのかを研究しています。特に今興味をもって進めているのは、上で書いたような環境を作る多様な事物を認識する機能の仕組みです。物の見えを形作る要因には、形や色や模様や動きがありますが、現実の世界では「木」とか「石」と言葉では言えても見た目は千変万化です。しかし私たちは目に映った画像から木や石などの材質に固有な特徴を見つけ出し、「木」や「石」であると認識することができます。このような質感認知の仕組みはとても興味深い問題ですが、まだ少ししか分かっていません。


金色とは何だろう?

私は共同研究者と共に質感認知の仕組をヒトやマカクザルで調べています。質感認知には物体の表面での光の反射の仕方や、素材特有のテクスチャが重要であることが分かっています。それらの特徴についての情報が脳のどの領域の神経細胞のどのような活動によって表現されているか、少しずつ明らかになってきています。環境を形作るすべての事物が固有の質感を持っていて、それに関わる物理現象や感覚特徴は様々なので、質感研究に終わりはありません。このような研究を通して、さまざまな事物で満ち溢れた世界が持つ豊かさの源泉に少しでも迫りたいと願っています。

共同研究者について


研究センター棟の実験室

質感認知には四つの要因がかかわっています。一つは世界で起きている物理現象です。二つ目はそれによって作り出される感覚特徴です。三番目は脳での処理で、最後がそれらの結果生み出される質感の知覚です。私自身はこのうち三番目が専門ですが、これら四つの要因の関係を絶えず考えていなければまともな質感の研究はできません。そのため質感に関わる物理現象の解析やモデル化を専門とする工学の研究者、感覚特徴と知覚の関係の解析を専門とする心理物理研究者の方たちと頻繁に議論を重ねながら研究を進めています。また質感は工芸などの物づくりやアートとも関係が深いので、それらの分野の専門家の方たちとも接触する機会を増やすよう心掛けて、研究の発展につながるインスピレーションが得られるようにしています。質感に興味のある方は是非一度研究室に遊びにおいでください。

略歴

1976 年静岡大学理学部物理学科卒業、1982 年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。工学博士(大阪大学)。同年弘前大学医学部助手。1985 年米国NIH研究員。1988 年電子技術総合研究所脳科学研究室・主任研究員、1995 年岡崎国立共同研究機構(後に改組で自然科学研究機構)生理学研究所教授、総合研究大学院大学生命科学研究科教授(併任)、2017 年より玉川大学脳科学研究所・教授。専門は神経生理学。所属学会は日本神経科学学会、日本神経回路学会、Society for Neuroscience など。