鮫島和行 研究室

鮫島 和行   脳科学研究所 教授

計算神経科学/認知神経科学  博士(工学)

理論と実験の両刀で意思決定の神経メカニズムにせまる

2017.3掲載

研究内容


「決める」というのは私たちの精神活動の根幹です。決めるために情報を集め、たとえ情報が足りなくても決断して前に進み、決断の結果をつかって将来のために学習をします。私たちの研究室では、「決める」ことが脳のなかでどのように行われているのかを知るために、動物実験、心理実験、認知モデル、数理モデル、等あらゆる方法をつかってと様々なレベルの理解をめざして、理論と実験を融合させた手法によって研究プロジェクトを推進しています。特に、動物実験では、霊長類を使って実験を行っており、意思決定に重要であると考えている大脳皮質・大脳基底核を中心に、単一神経細胞記録の研究を行っています。霊長類に、情報をうまく与えながら(ときには情報を隠しながら)意思決定を行わせ、その時の神経細胞の活動電位を一細胞毎に記録してゆく手法を用いています。非常に細い金属電極を動かしながら、神経細胞の活動電位を探し、記録してゆきます。この手法は50年以上前に開発された古典的手法ですが、刺激や行動を詳細に制御しながら、神経回路の中での神経情報を丁寧に集めることで、その神経回路上での情報処理を推論する優れた手法です。

それに加えて、一度にたくさんの神経細胞の活動を記録できるマルチ電極記録法や、皮質にシート状の比較的大きな電極から集団電位を記録する方法など新しい方法にも挑戦しています。それぞれの方法には、脳の比較的広い領域にまたがる神経回路のマクロな状態を知るのか、一つ一つの細胞は発信するミクロな状態を知るのか、得意不得意があります。

これらを組み合わせて、意思決定の情報処理を知るために、ミクロとマクロの情報をつなぐ計算理論が必要になります。その理論の一つは、強化学習と呼ばれる数理モデルの一種です。この枠組みでは、私たち人を含む動物は、「報酬を最大化することを目的として意思決定を最適化させる。」という考え方(計算論)に基づいて、その目的を達成させる方法を数理的、計算手順的(アルゴリズム)に考え、その手順を実現する生理的・物理的な仕掛け(インプリメンテーション)を、神経細胞内の可塑性のプロセス(分子プロセス)や、神経細胞間の結合(回路プロセス)考え出します。この、計算論からアルゴリズム、インプリメンテーションへの理論的導出を仮説として、実際の実験における神経細胞活動の記録を行う実験や、脳内の刺激、脳に薬を注入するなどの神経生理学的な方法によって検証してゆく、というのが私の研究室の研究アプローチです。

「決める」目的には、最も単純には「食べ物」や「飲み物」などの自分が生きていくために必要な物がありますが、それだけではありません。人は他者との関わりを求めて行動することもあります。最近では、他人の意図を読むことや、他人の情動、自分の情動などの「感情」としてくくられる社会的な報酬によって意思決定がどのように変わるのかにもチャレンジしています。サルと人が直接コミュニケーションすることそのものが「報酬」になり得るのか? 他者の情動が自己の情動(自律神経系の反応)にどのように影響し、それが意思決定や学習にどのように影響するのか? などを調べようと、人と動物が一緒に実験を行う実験系に挑戦しています。

それ以外にも、イヌやウマなどの伴侶動物とよばれる人が長年家畜化してきた動物の動物心理学的な研究を通じて、他者と関わる心の状態や脳の状態をしるプロジェクトを最近始めました。言葉の通じない独立した「他者」と人が、視線や動作や音声などのシグナルを通じて、どのように意思決定しているのかを知るのが目標です。「他者」として振る舞うように設計され、人と関わるロボットやアバターなどのエージェントの研究者との共同研究を通じて、他者とかかわる脳の計算モデルを考えるプロジェクトにも参画しています。

研究体制

研究室では主にニホンザルを用いた神経生理学研究を行うことのできる電気生理実験室を完備し、単一神経細胞活動を行動中に記録、解析する設備が整っています。シングルニューロン記録を行うための装置だけでなく、薬理実験のための施設や、マルチユニットを記録するための設備も整えています。また、人の脳活動を計測する実験では、玉川大学脳科学研究所に設置されている3T のMRI スキャナをもちいて実験を行っています。人の認知過程を研究する東京大学植田研究室との研究協力体制を築いており、意思決定と思考や問題解決戦略などの認知過程の理論・実験研究を行っています。脳波やfMRI などの非侵襲計測、人や動物の動作の細かな計測を可能とするモーションキャプチャ施設など、東京大学の施設を用いて研究する事も可能です。

イヌやウマなどの伴侶動物と人とのインタラクションの研究を進めるために、麻布大学の伴侶動物学研究室や、専修大学の学習心理学研究室、北海道大学の比較認知科学研究室、など第一線の動物心理学研究者といっしょに研究を推進しています。

私の研究室では、食わず嫌いにならず、理論的な枠組みも、生理実験も両方できる研究者を養成したいと考えています。しっかりとした数学的基礎や、生理学・生物学的知識を勉強する事も大切ですが、実験で得られた現象をそのまま記述するのではなく、その背後にあるメカニズムを数理的に表現し、理論的予測を提出し、それを検証する実験可能な仮説を考えることが重要だと考えています。もちろん、その仮説を検証するための実験の実行力も大切です。霊長類を用いた研究は齧歯類を用いた研究よりも時間的、労力的なコストが大きいですが、霊長類でしかできない研究も数多くあります。また、論理力や様々な実験・理論的な考え方を学ぶために、2週に1回のペースで酒井研究室、相原研究室、礒村研究室と合同で「Sゼミ」に参加し、積極的に理論研究者、実験研究者の両方の考え方に触れ、ディスカッションする機会を作っています。自分のやっている研究を深めることも大事ですが、自分が使っている動物や手法にとらわれず、幅広い知識をつけ、広い視野をもって、ひとつひとつの謎を明らかにする。そういう人を要請したいと考えています。

略歴

東京農工大学工学部電子情報工学科卒業、東京農工大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。ERATO川人動態脳プロジェクト研究員、CREST「脳を創る」銅谷神経修飾物質プロジェクト研究員、ATR脳情報研究所研究員を経て、2005年玉川大学学術研究所COE講師として赴任。2016年より玉川大学脳科学研究所・教授。専門は計算神経科学。日本神経回路学会、日本神経科学会、Society for neuroscience、日本動物心理学会、電子情報通信学会会員。