田中康裕 研究室

田中 康裕 脳科学研究所 准教授

神経科学/人工知能  博士(医学)

独自の実験・解析技術で神経ネットワークの駆動原理に迫る

2020.6掲載

研究内容

我々は、知覚・知性・感情・運動などの機能を実現している脳の神経回路というシステムを調べるため、現在2つの方向性で研究を進めています。一つは行動と特定の神経回路との関わりを調べる心理学的な仮説検証型の実験です。例えば、環境の情報をどのように評価して行動に結びつけるのか、選択肢の内容を判別して選ぶといういわゆる意思決定課題を動物に行わせます。同時に動機付けに関わるとされる神経回路に注目し、どのような脳領域が課題と関連してくるのか、を全脳レベルで計測しています。もう一つの方向性は、行動にはそれほど凝らず(安静状態・歩行など)に神経活動の挙動そのものを調べ、神経回路の持つ統計的・物理的・力学的な性質を検討することで、神経回路動作の拘束条件・法則を見つけ出す探索的研究です。一例を示すと、相互に結合の強い視床・大脳皮質から神経活動を記録し、覚醒状態と麻酔状態を比較しています。麻酔下では視床の神経活動はある種の振動状態になりますが、ここに大脳皮質・視床以外のどのような神経核が、どのように関わるかを調べています。

心理過程の神経相関の検証にしても、神経回路の動作検証にせよ、調べていくうえで新しい技術を導入し、さらにそれらの技術を高いレベルで組み合わせることを心がけています。第一に神経活動計測技術ですが、この20年ほどで、集積回路の技術が応用され、約1000個の電極を1cm 程度の針上の回路に集積することが可能となりました。私たちの研究室ではこういった新しいタイプの電極を用いることで、行動中の動物を用いて大脳皮質を中心とする様々な脳構造の多くの神経活動を同時に調べる研究をはじめています。次に解析技術ですが、私はこれまで機械学習や信号処理の技術を応用して、一次運動野の神経細胞や、視床という神経核から一次運動野へと伸びてくる神経突起の神経活動を調べ、動物の学習に伴った神経活動の変化を明らかにしてきました(Masamizu, Tanaka et al., Nat. Neurosci, 2014; Tanaka,Tanaka et al., Neuron, 2018)。最後に、行動を記録する技術ですが、動物は同じ課題を仕込んでいても機械のように毎回再現良く動くわけではありませんし、動物ごとの個性・あるいは戦略の違いがしばしばあります。これまで神経科学においては、これらのばらつきの問題を解決するために試行平均や群平均をとって神経活動との関係性を調べることが多かったのですが、現在のように神経活動を密にとることが可能になると、一つ一つの行動のばらつきや個体ごとの行動の違いを神経活動から説明することができるようになってきています。この目的のためには、行動自体も今までより密度高く計測する必要があります。これについては最近技術的な進展があり、深層学習を用いることで、動物の動画から自動的に安定して多くの行動指標を抽出することが可能となりました。

これまでの積み上げと新しい技術の総合により目指しているのは、密度の高い神経活動記録と行動記録を新進的な解析技術で結びつけ、そして神経回路の法則を見出す研究です。現状でも脳科学の抱える各論的問題は無数にあり、また、それらを別にしても概念的に手を出しにくい問題(主観的意識など)をも抱えています。しかし、現在の最先端の技術水準で調べられることを調べながら、更なる技術革新を推進し、「物質」としての脳が「精神」を生み出す過程に関する手がかりを少しずつ掴んでいきたいと考えています。

研究体制

田中研究室は2019年4月に礒村宜和教授(現・東京医科歯科大学・教授)の研究室を引き継ぐ形で始まったばかりの研究室であり、現在、大学院生とセットアップ中です。

げっ歯類を飼育する施設を実験エリア内に備えており、動物の移動を最小限に抑えるストレスの少ない作りとなっています。実験設備として、最新の高集積電極であるNeuropixelsを用いた電気生理記録装置、定位手術装置、形態学的解析のための設備がほぼ整いました。2光子レーザー顕微鏡も備えています。動物の行動実験装置は開発中です。また、データ解析環境としてLinuxベースの計算用サーバーとファイルサーバーが稼働中です。研究室のスペースは十分にあるため、光遺伝学やイメージングを用いた研究も視野に入れており、今後さらに設備を充実させていく予定です。また、様々な共同研究も行っています。脳科学研究所内部での協力・共同研究に加えて、本学工学研究科の相原威先生、東京大学医学系研究科の松崎政紀先生、生理学研究所の川口泰雄先生など研究所外の研究者とも共同研究を行っています。

大学院生への研究指導は、「論文を作り上げる力」を主たる目標として指導します。具体的には、実験のデザインや方法論の固め方、得られたデータに意味を見出し「結果」へと導く視点、また英語で論文を読み書きする技術も指導します。周辺知識の収集を兼ねて、論文の論理構造を学ぶためにジャーナルクラブを行います。生物学では共著論文が当たり前であり、一人きりで論文を作り上げることはあまりないですが、それでも博士課程修了時には論文作成の中心人物として、「テーマに沿って実験を考え、結果をまとめ、論文の形にする」くらいになることを一応の達成目標に設定します。ポスドクについては、研究そのものを進める力は前提として、本人の可能性を広げられるよう指導したいと思います。もちろん、これらは基本的な進め方であって、十人十色、得意なこともあれば苦手なこともあるでしょうし、やりたいことも人それぞれだと思いますので、個別に相談しながら進めていきたいと思います。進学あるいはポスドクを希望の方はぜひ一度お訪ねください。

略歴

2006年京都大学医学部医学科卒業、2010年京都大学大学院医学研究科博士課程単位修得退学。2012年京都大学博士(医学)。2011年より自然科学研究機構基礎生物学研究所・研究員/日本学術振興会特別研究員。2016年東京大学医学系研究科・助教を経て、2019年より玉川大学脳科学研究所・准教授。所属学会は日本神経科学学会、日本解剖学会、Society for Neuroscience など。