本物に触れる

2016.11.04

玉川学園では、本物に触れ、子供たちの五感に訴える教育活動を実践

1.海外から第一人者を招聘

1930(昭和5)年の正月、生徒たちを連れてスキー場を訪れた玉川学園創立者小原國芳は、「どうせ習うなら、世界で一番スキーのうまい人に教わりたい」という生徒のことばに心を動かされた。「それは誰なのか」と生徒に問い直すと「オーストリアのハンネス・シュナイダーですよ」と。どんなことでも一流のものを子供たちに触れさせることに意義を感じていた國芳は、シュナイダーの来日を実現させた。後に國芳は、シュナイダーの「真の精神を体得しさえすれば、百の方法は自ら生まれ来る」という考えに、本学との面白いほどの共通点を見出したと述べている。さらにその33年後には、“第二のシュナイダー”、あるいは“オーストリア・スキーの父”と言われたシュテファン・クルッケンハウザー一行を招聘した。シュナイダーの招聘が、日本のスキー史上における先駆的役割をはたしたとすれば、クルッケンハウザー一行の招聘は、日本のスキー技術の変革と統一という面で画期的な意義をもったと言えよう。

小原國芳とシュナイダー
小原國芳とクルッケンハウザー(中央)

また、1931(昭和6)年には、デンマーク・オレロップ国民高等体操学校(現・オレロップ体操アカデミー)の創始者であり、デンマーク体操(基本体操)の考案者、ニルス・ブックも一行26名を従えて来園した。この招聘についても、「世界の体育・体操家のなかで一番偉いのは誰か」と尋ねた國芳に対し、当時、成城学園の体育教師だった三橋喜久雄(当時スウェーデン体操の権威者)の一言がきっかけとなった。

ニルス・ブック
デンマーク体操

小原國芳は、当時、思いつきや奇をてらってシュナイダーやニルス・ブックを招聘したのではなく、世界一流の物、人によって得られるものの大きさを図り、長大な計画の基で各氏の招聘に臨んでいた。その思いは小原國芳著『小原國芳全集14 塾生に告ぐ』(玉川大学出版部発行)の一節より読み取ることができ、現在まで続く教育活動の大きな特色ともなっている。

『塾生に告ぐ』の「シュナイダーを呼んだワケ」(P.84~P.89)より

さまざまの問題の第一人者に触れるということ、生きた偉人の謦咳に接することから、ホントの物が与えられると思う。一体、世間の学校の先生方は、あまり、自分自身が生徒に与えようとし過ぎる。世間にはいくらも偉い人がおるものをナゼ、そのえらい人に来て貰って、いいものを吸収するように努めないんだろう。
つぎつぎに世界の第一人者に来て貰おうよ。接することによって、お互いが刺激され、貴い感化を受け、人間内容が豊かになり高められ清められていくのだ。

このように、國芳の「教育に対して何ごとも惜しまない姿」、「子供たちに本物に触れさせたいという姿」は、現在の玉川学園の教育活動(教育博物館の展示・研修行事・米国航空宇宙局NASAのボールデン長官による講演・一流音楽家の招聘など)にも脈々と受け継がれている。

2.収蔵資料は3万点、授業でも活用する教育博物館

玉川学園は学園内に博物館を有している。収蔵する資料は、日本教育史、絵画・現代美術、民俗、考古、ジョン・グールド鳥類図鑑(全巻)、シュバイツァー関係資料、ガスパール・カサドおよび原智恵子関係、そして創立者小原國芳関係、校史関係など、多岐の分野にわたる。「実物に接することが重要」との観点から広く学内外に公開し、独自の企画展を随時開催するほか、児童や生徒の学習の場、学生の実習の場としても活用している。

4年生「社会科」の授業
大学の博物館実習

3.自然とふれ合う、丘めぐり

幼稚部・小学部低学年の子供たちは、折りに触れてキャンパス内の丘を歩いてめぐる。これは「丘めぐり」と呼ばれ、自然を観察し、理科的な学習に役立てることはもちろん、季節を肌で感じながら自然とふれ合うなど、豊かな感性を育むことにもつながっている。数多くの花や木があり、さまざまな鳥や昆虫が生息する61万m2の広大な緑豊かな玉川の丘そのものが、学びの場となっている。

小学1、2年生の丘めぐり
緑多き玉川学園キャンパス

4.一流に触れ、教養を深める

大学では、教養と感性をみがくための「研修行事」を充実させている。演劇鑑賞、音楽鑑賞、歌舞伎鑑賞、能・狂言鑑賞、大相撲観戦、マナー研修など、一流の芸術や伝統文化に触れるチャンスを多く設けている。また、大学をはじめ中学部・高等部において、各分野の著名人による講演を開催している。

ニューヨークの世界的な劇団の公演
NASA長官による講演会

5.異文化に直接触れて理解する

玉川学園では中学生の段階で約8割の生徒が海外研修を経験。また、中学部、高等部では、年間約250名の生徒を海外に派遣し、約200名の海外の生徒を受け入れている。このようにキャンパス内外で異文化と触れる機会があり、国際感覚を磨くための環境が整っている。大学においても海外留学・研修プログラムが充実している。観光学部、文学部英語教育学科、農学部生物環境システム学科では学生全員が長期の留学を行っている。

ハーカー校より29名の児童が来園
アフリカでの研修

6.ワンキャンパスを活かした教育交流

小学部児童が大学の農場や施設で米作りやアイスクリーム作りを体験したり、ミツバチの行動を観察したり、LEDでの野菜栽培を見学したり、中学部や高等部の生徒が自由研究などで大学の施設や研究所を訪問して教員や大学生から研究の支援を受けたり、ワンキャンパスだからこそできる本物に触れる機会が数多く存在している。教科書に掲載されている内容を学ぶだけではなく、実物を見ながらの学習により、子供たちの理解がより深まっている。

小学2年生の総合科の授業「田植え」
高学年生がミツバチの採蜜に挑戦

参考

海外から第一人者を招聘することについて、小原國芳著『小原國芳全集14 塾生に告ぐ』(玉川大学出版部発行)に次のような記述がある。

われわれは広く、世界に、正しきと、広さと、深さを求めたい。 ここにわれわれが、数年前、パーカースト女史を呼び、デンマークのニルス・ブック氏を呼ぶ計画を立て、来年はジュネーヴのダルクローズを呼ぶこととし、学者としてはシュプランガ―デューイ、ハイデッガー、オットー等の諸博士を呼びたいと思っているのはそのためである。今回のシュナイダー氏招聘も全くそれらの計画の一つなのである。

生徒がシュナイダー氏招聘を望んだことについては次のように記載されている。

殊に今度の計画が、君等の熱烈なる願いから生まれたことを心から喜ぶ。諸君の少年らしい、純な清い強い欲求に僕は強められて、あの熱烈な電報を発したワケであった。

熱烈な電報とは、シュナイダー招聘を請う、オーストリアへの電報のことである。

参考文献

  • 南日本新聞社編『教育とわが生涯 小原國芳』 玉川大学出版部 1977年
  • 山崎亮太郎著『今、蘇る全人教育 小原國芳』 教育新聞社 2001年
  • 小原國芳著『小原國芳全集14 塾生に告ぐ』 玉川大学出版部 1964年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』(玉川学園 1980)
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園50年史(写真編)』(玉川学園 1980)