大豆生田啓友先生わが国の「保育の質」向上の検討について

2021.05.06

「保育の質」とは何か

現在、国の政策として、保育の「量」から「質」へと議論が移りだしているのです。その背景には深刻な少子化もありますが、保育の質がその後の子どもの発達のみならず、国の経済へのプラスの効果も期待されるエビデンスなどがあります。また、「子ども・子育て支援新制度」においては、子ども・子育てへの社会全体の支援が必要であり、保育の量のみならず質的な充実が明記されているのです。具体的には、近年、乳幼児期の教育・保育の質の向上について、文部科学省では「幼児教育の実践の質向上に関する検討会」が、厚生労働省では「保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会」が実施されるなど、国における保育の質に関する検討が急速に進められています。これは、画期的なことです。

では、そもそも「保育の質」とは何でしょう。図1はOECD(2006)によって示された保育の質の諸側面であり、多元的システムモデルとして示されているように、保育の質を一元的に定義することは困難であることが指摘されています。そして、保育の質はその国の歴史的・文化的・社会的背景の下で形成されるものでもあるのです。

厚労省の検討会の「議論のとりまとめ」(図2)では、多角的な検討を通して、わが国の文化的・社会的背景を踏まえた「保育の質の基本的な考え方」が示されました。そこでは、「保育の質は、子どもが得られる経験の豊かさと、それを支える保育の実践や人的・物的な環境など、多層的で多彩な要素により成り立つ」と述べられています。そして、「子どもにとってどうか」ということ視点が、保育の質を考える上での基盤となり、「遊びの重視」「一人一人に応じた関りや配慮」「子ども相互の育ち合い」等が、わが国の保育の質の特色であることが明記されました。これは、わが国における保育の質を捉える一つの基盤が示されたという意味で、大きな前進と言えるでしょう。

図1 OECD(2006)Starting Strong II
図2 保育所等における保育の質の確保・向上に関する討論会 議論のとりまとめ【概要】
2020(令和2)年6月26日

保育の質の向上において求められる視点

では、保育の質を確保・向上させるためには、どのような取組が求められるのでしょうか。厚労省の検討会では、「取組のあり方」についても示しています。それは、単なる絵に描いた餅ではなく、「実効性」のあるものであることが大切であり、「関係者が共通理解を持って、主体的・組織的・協同的」に行われるものであるとしているのです。図2の2の①で示されているように、「保育所保育指針が基盤」となり(つまり、養護と教育が一体となった、子ども主体の保育とも言える)、「評価・研修等の様々な取組」を「関係機関で理解を共有し、一貫性を持って実施」するとあります。

ここで言う「評価・研修」とは、改訂された「自己評価ガイドライン」が指針となるでしょう。そこでの評価は、保育者による日々の実践の「ふりかえり」が基盤となって、子どもの姿を記録、対話し、明日の保育の計画につながるサイクルを意味しています。プロセスを重視するアセスメント型の評価と言えるでしょう。それは、保育者の主体的・継続的な行為であり、語り合う同僚性を育む職場の風土形成とリーダー層のマネジメントが重視されます。また、「公開保育」などで保育者同士が互いに保育を見合ったり語り合ったりする中での多様な視点を得るための開かれた取組が重視されるほか、地域や自治体における学び合う研修などが求められているのです。

筆者らは、自治体等でのキャリアアップ研修を園内と園外を往還的に継続的につなぐことで成果を発揮する「往還型研修」を提案しており、現在、横浜市、世田谷区、広島市、鹿児島市等の自治体で採用しています(大豆生田ほか2019)。もちろん、それ以外に幼児教育センターが設置されるなど、全国の多くの自治体で子ども主体の質の高い保育に向けた取組が動き出しているのです。それは、これまで述べてきたように、園内および地域等における関係者(保育者、保護者、他園の保育者、自治体職員、小学校教諭等)が共通理解のもと、主体的・組織的・協同的に保育を振り返り、子どもの姿を語り合う風土を形成する中で、実効性のある保育の質の向上に向けた取組だと言えるでしょう。現在の動きがさらに大きなムーブメントとなることが求められます。

また、上記の検討会で主に検討されたのは、OECDの図が示す「プロセスの質」や「実施運営の質」の側面です。今後、制度で規定されている保育者の配置基準や保育時間、面積基準などの「構造の質」の検討も求められることは言うまでもありません。保育者の待遇や働き方に関しても同様です。また、現在、「幼保一元化」についても議論となっていますが、子どもの最善の利益につながる保育の質の向上のための慎重な政策的な検討が求められます。

文献

  • 厚生労働省(2020)保育所等における保育の質の確保・向上に関する検討会 議論の取りまとめ.
    https://www.mhlw.go.jp/content/000647604.pdf
  • 厚生労働省(2020)保育所における自己評価ガイドライン(2020改訂版).
    https://www.mhlw.go.jp/content/000609915.pdf
  • 大豆生田啓友・北野幸子・髙嶋景子・三谷大紀・横尾暁子(2019)平成29年度委託調査研究「保育者の質的キャリアアップ・キャリアパスに関する調査研究」研究報告書.
    全国私立保育園連盟 保育・子育て総合研究機構.