若月芳浩先生:保育研究の発展と保育の質(2)新たな展望に向けて

2021.05.18

日本は幼児教育・保育の無償化が進み、令和元年度からは幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領が改訂(定)され実践されています。ここでは詳細については割愛しますが、主体的で対話的で深い学びについて、乳幼児期の教育・保育から就学後の学びに接続し、人が人として学び続ける方向性で幼・小・中・高、そして高等教育までを一貫して学びの方向性について明確に位置付けています。しかし、筆者がかかわる幼児期の教育・保育の実践を垣間見ると、旧態依然とした昭和の保育を普通に実践している園が多い事も否めません。そのような現場にはある意味強いリーダーシップのある主任や管理職が存在しているケースが多くありますが、新しい教育・保育の方向性に対して明らかに蓋をしているケースもあります。本学の乳幼児発達学科の保育者養成のカリキュラムにおいては、岩田氏 v らが研究している「ドキュメンテーション型実習日誌の試みと課題」によって、保育実習等においても保育現場が質的に変化することについて明らかにしています。

新たな方向性に動き始めている保育の現場と旧態依然の保育を死守している現場では何が違うのでしょうか。それは「子どもの育ちを見る目」に象徴されるのではないでしょうか。保育は常に子どもの視点に立脚して実践される必要があります。それは倉橋惣三の時代から変化することなく引き継がれ、要領等にもその理念が根底に流れています。しかし、昭和の第二次ベビーブームに対応するために幼稚園の設置を大幅に認可し、保育者が必要となった時代には、量的な生産を効率よく促す必要があったのです。その時代に生み出された保育方法は、子どもを動かす技術が保育者に求められ、子どもに出来るだけ早く、効率よく教えることが求められ、大人の都合によって教育や保育が実践されていたのです。その名残が今でも数多く残っています。そのような時代から、昭和~平成~令和になり、社会的な構造や学びの質的な研究や実践は大きく変化し、時代を担う人を育てるような方向に教育や保育の世界は大きく舵を切ったのです。研究の方向性も全く同様です。このような発想は単純に古き物を批判するのではなく、不易な事実や理論と実践は丁寧に見極めつつ、時代の要請や子どものニーズに応える教育・保育の方向性を明確にする事にあります。つまり、人間が持っている本来の力を発揮しながら、自ら学びを深め、自身の興味関心から自己実現に向かうためのプロセスを、教育や保育がサポートすることの必要性をどこまで実現することが可能であるか、ここにかかっているのではないでしょうか。

先日筆者が関係する研究を担う団体と業者が共同して、ニュージーランドの教育について、オンラインにて、Wendy Lee氏と研修を実施しました vi 。ニュージーランドは旧態依然の保育のあり方を1996年にマーガレット・カーらを中心に、独自のテファリキというカリキュラムを開発し、ニュージーランド全土の保育施設を一つの方向性として、子どもの学びを最も重視したカリキュラムに変更し、それを国として定めました。紙面の都合でその基本的な4つの原理と5つの要素についてのみ説明し、詳細については以下を参照してほしいと思います vii

Te Whariki テファリキは、マオリ語で、縦横に編むという意味。4原則と5つの要素を絡み合わせ、子どもを主体的に育てていこうという考え方。

「4つの原則」
Empowerment……学び、成長する力を身につけさせる
Holistic Development……学び、成長していく全体的なあり方を反映する
Family and Community……家族や地域のコミュニティなどより広い世界で学ぶ
Relationships……さまざまな人々や場所、物との関わりから学ぶ

「5つの要素」
Well-being……健康と幸福が守られる
Belongings……子どもと家族が所属感を得ることができる
Contribution……子ども一人ひとりの社会貢献が価値あるものとされる
Communication……さまざまな文化や言語、象徴が守られる
Exploration……さまざまなことを試したいという探求心を通じて学ぶ

筆者は2度ニュージーランドに赴き、就学前の施設や評価機関、プログラムを開発したWendy Lee教授や実践者らとディスカッションする機会を持ちました。特に象徴的なのは「ラーニングストーリー」です。子どもが何をどのように学んだのかについて、家族にも伝わるようにドキュメンテーションやポートフォリオを作成し、子どもの学びを共有するツールです。日本においてもレッジョエミリア等の影響を受けて、保育の見える化についての取り組みが盛んになりつつあります、大切な事は子どもの視点に立脚し、子どもの興味や関心を中心に捉え、そこで起きている学びに注目することなのです。このように世界の保育事情に目を向けると、旧態依然とした保育から抜け出すためのヒントや実践は多く見られるようになりました。

新しい教育要領等が目指す方向性やIB(International Baccalaureate)が目標とする教育プログラムに関しても、世界の複雑な状況に対応出来る人を育てると言った意味においては共通する部分があります。また、玉川独自のTAP(Tamagawa Adventure program)における体験学習にも共通項が多くあります。就学を迎える乳幼児期の教育・保育の質的な向上を目指して、世界や日本が取り組もうとしている方向性は、人が人として持っている当たり前の力を発揮出来ることに意味があり、それは混沌とした状況にあっても、生き抜いていくために必要な要素ではないでしょうか。そのように考えると、私たち研究と実践に携わる人間は、目の前にいる乳幼児から学生、更には実践にかかわる多くの教師や保育士に光を当てて、結果的には社会構造の中で育まれる、人としての重要性をしっかりと理解し、多くの人が手を携えてこれからの方向性を検討することが必要なのではないと考えます。

多くの人が学び直し、実践の質向上に寄与する事を強く希望します。

  • v.
    岩田恵子、大豆生田啓友、鈴木美枝子、田澤里喜、田甫綾野「ドキュメンテーション型実習日誌の試みと課題」玉川大学教育学部紀要:125-140,2020
  • vi.
    主催:株式会社アサヒトラベルインターナショナル 共催:公益財団法人 幼少年教育研究所 「ニュージーランドの幼児教育と質の高い保育者研修」2021/5
  • vii.
    Wendy Lee,Margaret Carr『Understanding the Te Whariki Approach』A David Fulton Book 2013
    マーガレット・カー ウェンディー・リー著 大宮勇雄他監修・磯部裕子他訳『学び手はいかにアイデンティティを構築していくか: 保幼小におけるアセスメント実践「学びの物語」』ひとなる書房、2020