小原一仁先生円環を成した教育1

2021.09.16

百學連関という言葉があります。これは、日本の西洋哲学者である西周(にし あまね)がencyclopediaを翻訳した言葉です。意味は、「児童を学問の輪の中に入れて教育する」となります。そして、教育(講義)の内容は、政治学、数学といった種々の学問分野の概要とさて、今で言う一般教養に相当するものです。ちなみに、西はこのほかにも、philosophyに哲学という翻訳語を充てたことに加えて、藝術、科學、心理學等々、多くの哲学・科学関係の訳語を考案しました。
この百學連関という翻訳語の元であるencyclopediaを、一般的には「百科事典」や「百科全書」と訳します。しかし、encyclopediaの語源は、古代ギリシアのΕγκύκλιος Παιδεία(エンキュクリオス・パイデイア)であり、当時は今と異なる意味で使われていました。Εγκύκλιοςとは、古代ギリシアにおいて「円環を成す」転じて「普通の」「日常の」という意味を担っていました。Παιδείαは「子供の教育」「教養」といった意味を担っており、したがって、Εγκύκλιος Παιδείαは「円環を成した教育」、そしてそこからより分かりやすい概念として「基本的な教育課程」という意味が与えられました。これは、今で言うところの「一般教養」ですね。
やがてこのΕγκύκλιος Παιδείαは、古代ローマの教育に取り込まれ、中世を通じてartes liberales(自由学芸)と呼ばれるようになります。これが英語で言うところのliberal artsです。当時の自由学芸は、哲学などの一層高度な学問へ進むための基礎を築くものとして捉えられていました。自由学芸を構成する学問は論者によって異なる部分もありますが、典型例としては次の学問が挙げられます—文法、修辞学、弁証論、算術、幾何学、天文学、音楽。往々にして7つ前後の学問で構成されていることから、septem artes liberales(自由七科)とも呼ばれました。基本的な教育課程を意味するΕγκύκλιος Παιδείαの理念が、artes liberalesに受け継がれ、時を経て、現代の一般教養に至ったという話です。
冒頭に紹介した西が考案した翻訳語である百學連関ですが、ここで使われる百は100という数字の概念を表したものではなく「数多の」という意味で用いられており、ここから、彼の考案した4つの漢字から「数多の学術(学問)が連環を成す」というニュアンスが連想されます。「児童を学問の輪の中に入れて教育する」ことを意味する百學連関は、「数多の学術(学問)が連環を成す」という漢字のイメージを併せ持ち、これは、これまで述べて来たΕγκύκλιος Παιδείαの原義である「円環を成した教育」を端的に表現したものと言えます。