高平小百合先生:認知心理学からの心と行動の理解:認知バイアス心と行動の無意識の偏り2:「ピグマリオン効果」

2022.03.02

Jean-Leon Gerome
(French, Vesoul 1824-1904 Paris)
The Metropolitan museum

コラム2では、教育心理学で必ず取り上げられる教師による無意識の認知バイアスである「ピグマリオン効果(教師期待効果)」についてお話します。
ピグマリオン効果は、教師の無意識の期待が児童生徒に影響を与えるということを示したものです(Rosenthal and Jacobson, 1968)。この言葉の語源である「ピグマリオン」はギリシャ神話の王様で、自分が作った彫刻に恋して、人間にしてほしいと一心に祈る姿を神様が哀れに思い、彫刻を本当の人間にしてくれたことで結ばれた、というお話です。右の絵画は、ちょうど彫刻から人間になる途中を描いたものです。このように、大人や指導する立場の「思い」が子どもや指導を受ける側に影響して、その「思い」が現実になることを指しています。
心理学者ローゼンタールら(1968)は、小学校の学期の始めに「ハーバード学力予測テスト」と名付けられたテスト(予測はできない普通のテスト)を実施し、その結果「伸びる可能性のある子ども」だと言って教師に伸びる子どものリスト(本当はランダムに選ばれた子ども達)を渡しました。全く根拠のない情報に基づいたことであっても、教師がその情報を信じることによって、実際にリストに名前があった子どもたちの多くは学力が伸びたという結果になりました。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?子どもを指導する立場にある教師も保育者も自分が担任している子どもたちに対しては、すべて平等に接していると思っているはずです。しかし、実際はそうではなく、教師の無意識の「この子は伸びる」という思い込みが、教師の行動を変化させ、また教師の期待を感じた子どもも無意識のうちにその期待に応えようと行動を変化させるのではないかと考えられています。
ピグマリオン効果は、期待された子どもにとってはポジティブな効果として受け取られますが、基本的に大人の思い込みが影響することがこのメカニズムになっています。そうであれば、逆の場合(教師や保育者が「この子はできないかもしれない」とか「困った子」と思ってしまうことの影響)もあり得るわけで、これが子どもに負の影響を与えることも容易に想像できます。負のピグマリオン効果は「ゴーレム効果」と呼ばれますが、実際には倫理的問題もあり、子どもにどのような影響があるか科学的には明確でありません。ただ、一般的にみられる性差に関わる偏見(思い込み)なども教師の行動の変化となってどちらかの性に負の影響(例えば、算数や理科の時間に女子児童と男子児童に対する対応が無意識のうちに異なるなど)を及ぼしている可能性なども考えられます。
このような大人の思い込みが子供に及ぼす影響を最小限にするにはどうすればよいのでしょうか?それにはまず、教師自身が認知バイアスの知識をもって、自分自身の心を理解することが重要です。近年、子どもの「非認知的知能(社会情緒的知能)」の重要性が取り上げられていますが、教師自身も自己の感情理解や感情抑制を含む情動知能(非認知的知能を含む)の高さが求められていると言えるでしょう(河村ら, 2004)。

参考文献

  • Rosenthal, R. & Jacobson, L., (1968) Pygmalion in the classroom, The Urban Review, 3, 16-20.
  • 蘭千尋・内田淳(1995) 学習意欲に及ぼす教師期待の効果--教師の非言語的行動の分析, 防衛大学校紀  要.人文科学分冊 防衛大学校 編 ( 71) 1~13.
  • 芦田祐佳(2018) 教師の情動知能に関する研究動向と展望, 学芸大学大学院教育学研究科紀要,58, 475-273.
  • 河村夏代・鈴木啓嗣・岩井圭司(2004) 教師に生ずる感情と指導の関係についての研究, 教育心理学研究, 52, 1-11.