高平小百合先生:認知心理学からの心と行動の理解:認知バイアス心と行動の無意識の偏り4:「その他の認知バイアス」

2022.03.24

これまでの3回で、「同調バイアス」「ピグマリオン効果」「確証バイアス」について」お話しましたが、これら以外にも私たちが持っている認知バイアス(心と行動の無意識の偏り)は非常にたくさんあります。例えば、災害などが起こった時には「正常性バイアス」という言葉をよく耳にします。これは、命を守るための避難行動をとるべきかどうか状況判断をすべき時、どうしても「これまであまり起きなかったから大丈夫だろう」というバイアスがかかり、判断を誤ることがあることを指しています。他にも「錯視」という認知バイアスを頻繁に経験しています(池谷,2016)。

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右の図は有名な「ミューラーリヤー錯視」というもので、実際は同じ長さですが上の線の方が下の線より短く見えると思います。私たちが捉える様々な情報は、正しいと思っていても正確ではない場合が多々あります。このように、私たちは日常生活の中でかなり頻繁に認知バイアス(脳の誤作動)を経験している可能性があります。ただ、この脳の誤作動は、私たち人間が進化の過程で適応するために獲得された能力であるとも考えられています(藤田,2021)。

しかしながら人間の心と行動を科学的に理解することを目的としている心理学的研究分野においては、研究者がこのような誤った情報のとらえ方をする認知バイアス(研究者バイアス)はできるだけ避けなければなりません。科学的手法を用いる心理学の多くの分野では、心と行動の法則性を見つけることが大きな目的になっていますので、研究者の認知バイアスを避け、客観的に研究する手法の一つとして多くのサンプルを集めて統計的に仮説の検証を行う量的分析方法を用いることが多いです。一方、質的研究方法では、この研究者の認知バイアスが大きな問題となります。一人の研究者が質的分析を行う限りサンプルを増やしても認知バイアスは避けられません。心理学における質的研究の場合は、この研究者バイアスを避けるための手法をいくつか駆使して研究を行います。ただ、他の研究分野においてはこれらの研究者バイアスがほとんど考慮されないことが多いのです。しかし、それぞれの研究分野における質的研究にはそれなりの目的と重要性がありますので、質的研究の中にたとえ認知バイアスが含まれているとしても、それで研究の価値が下がるわけではありません。客観的手法による量的研究方法も別の弱点がありますので、完ぺきな研究方法というものはあり得ません。重要なことは、量的・質的研究方法の両方において、それぞれの研究者がそれぞれの研究における「研究の限界」を認識し、それを明確にすることではないかと思います。

私たち人間は、デフォルトでバイアス(偏り)を持つように作られている(進化してきた)と考えると、この思考の偏りがあることを知識として理解し、真摯に向かいあい、どのような状況下における自分の判断に対してもこれらの偏りを最小限にするような努力することが大切ではないでしょうか?

参考文献

  • 情報文化研究所(2021)「認知バイアス辞典」高橋昌一郎(監修)フォレスト出版
  • 藤田政博(2021)「バイアスとは何か」ちくま新書
  • 鈴木宏招(2020)「認知バイアス 心に潜む不思議な働き」講談社ブルーバックス
  • 池谷雄二(2016)「自分では気づかない、ココロの盲点」講談社ブルーバックス