坂野慎二先生:教育改革の成果をどのように伝えていくか第1回 研究枠組みとドイツの例1

2022.10.20

はじめに

近年はどの国も教育改革を進めている。日本では2006年の教育基本法の改正やその後の教育関連法令の改正により、多くの教育改革が進められている。例えば、2010年には民主党政権(当時)によって、高校教育の実質無償化された。自民党政権下でも、2019年には幼児教育の実質無償化、2020年には高等教育対象者への援助が大幅に増大した。あるいは小学校の1学級当たりの児童数は、最大40人から35人までに学年進行で引き下げられている。

しかし、こうした教育改革の結果、どのような成果をあげたのか、あるいはどのような課題が残っているのかを検証・評価し、その意味を広く伝えていくのか、という課題がある。教育学研究の領域では、こうした教育改革の成果を分析していく場合、3つの水準に区分して整理することが多い。(1)ミクロレベル(児童生徒・教員といった個人レベル)、(2)メゾレベル(学校、学級といった組織レベル)、(3)マクロレベル(教育行政制度やシステムレベル)、といったレベルである。

日本ではこうした教育改革の成果を検証する手法が十分ではないように思われる。国レベルの教育政策の計画として、2008年から5年毎に教育振興基本計画が閣議決定されている。現在は第3期(2018-2022年度)計画が終了に近づき、第4期の準備が進められているが、その検証結果が広く公表され、世論を喚起しているとはいえないであろう。

ここでは、筆者がこれまで研究の対象としてきたドイツに加え、スイス及びオーストリアのドイツ語圏諸国における教育改革をとりあげ、(1)教育改革がなぜ必要になったのか、(2)何を改革したのか、(3)評価規準とし、その証拠(根拠)となっているデータは何か、(4)結果や成果を誰がどのように解釈しているのか、について、システムレベルを中心に考えてみよう。

1.PISAショックから教育全体の改革へ―ドイツ―

(1)学力低下の顕在化

ドイツ連邦共和国(以下、「ドイツ」)は、1990年に旧東ドイツを統合する形式で統一し、人口8000万人を超え、面積は35.7万km2(日本よりやや狭い)という形となった。現在はコロナ禍やロシアのウクライナ侵攻の影響があるものの、EU(ヨーロッパ連合)の中では経済的な強国と認識されている。

こうしたドイツで教育改革機運が高まったのは、2001年に公表されたPISA2000年調査の結果が悪かったことである(PISAショック)。「表1」にみられるように、PISA2000年調査では、3つのリテラシー(読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー)ともOECD諸国の平均以下であった。

【表1】ドイツのPISA調査結果の推移
リテラシー/年2000年2003年2006年2009年2012年2015年2018年
読解力得点 484 491 495 497 508 509 498
数学的
リテラシー得点
490 503 504 513 514 506 500
科学的
リテラシー得点
487 502 516 520 524 509 503

(出典:OECD資料から筆者作成)

(2)教育改革の方向性

ドイツは16州からなる連邦制国家であり、教育に関する事項は基本的に州の権限である。このため、各州文部大臣会議(KMK)が中心となり、PISA調査結果を受け、教育改革に着手した。KMKが示した方針は、2001年12月の「7つの行動プログラム」である。

  1. 就学前教育領域において言語能力を改善するための措置
  2. 早期就学を目標として就学前領域及び基礎学校とのより良い接続のための措置
  3. 基礎学校教育を改善するための措置、及び読解力、数学並びに自然科学関連の基本的理解についての総体的改善
  4. 教育的配慮を要する子どもの実際上必要な促進措置
  5. 必要水準に基づいた授業と学校の質的改善と確保のための措置及び結果重視の評価
  6. 教職専門性改善のための措置、とりわけ組織的学校開発の要素としての診断的、方法的能力を考慮すること
  7. より広い教育・促進可能性を目的としての学校及び学校外での終日教育を提供することを拡充するための措置、とくに教育の欠けている生徒及び特別な才能ある生徒に対する措置

「1.就学前教育」を重視する傾向は、諸国に共通している。「2.」「4.」と連動して、就学前教育段階や初等教育段階で特に重視されているのが、学校言語の習得である。ドイツでは移民の背景を持つ児童生徒が10%を超えており、地域によってはその割合が数十%となる。彼らの学力を高めることが、ドイツ全体の学力を底上げするために重視されたのである。

参考資料

  • 坂野慎二(2022)「エビデンスに基づく教育政策の検証―ドイツと日本の比較から―」玉川大学教育学部紀要『論叢』 第21号13-24.
  • 坂野慎二(2017)『統一ドイツ教育の多様性と質保証』東信堂