坂野慎二先生:教育改革の成果をどのように伝えていくか第3回 スイスの例

2022.11.04

2.直接民主制の重視と教育改革―スイス―

(1)連邦レベルでの共通性をめざした教育改革

アルプス観光で有名なスイス連邦(以下「スイス」)は永世中立国であり、EUには加入していない(ヨーロッパ内で人の自由な移動が可能なシェルゲン協定等には加わっている)。スイスは人口867万人、面積は九州とほぼ同程度の4.1万km2である。ドイツと同様にスイスも連邦制を取っており、26の州(カントン)があり、ドイツ州と比べても人口は少ない。また、スイスの主要言語はドイツ語、フランス語、イタリア語と地域により異なっている。

スイスは連邦制であり、教育についての権限は州が持っている。このため、学校制度も6-3-4制であったり、4-5-4制であったりと、非常に多様であった。学習指導要領も州別である。

2001年に公表されたPISA2000年調査では、読解力と科学的リテラシーがOECD諸国平均よりも低く、教育改革が必要であるとの考えが広まるきっかけとなった(「表2」参照)。

【表2】スイスのPISA調査結果の推移
リテラシー/年2000年2003年2006年2009年2012年2015年2018年
読解力得点 494 499 499 501 509 492 484
数学的
リテラシー得点
529 527 530 534 531 521 515
科学的
リテラシー得点
496 513 512 517 515 506 495

(出典:OECD資料から筆者作成)

スイス連邦憲法は、2000年に大改正されたが、教育に関する事項はその際に合意を得られず、ようやく2005年になって教育条項が改正され、2006年に国民投票が実施され、憲法改正が認められた(坂野2022a)。これによって、主に3つある言語圏(独語、仏語、伊語)毎の共通性を高める可能性が開かれた。 この憲法改正により、教育改革が進展していくこととなる。

スイスの州教育長会議(EDK)は、2007年に各州に共通の教育目標としてのHarmoS協定を決定する。その概要は、①幼児教育2年の義務化、合計11年の義務教育、②基礎教育科目の共通化、③教育スタンダード、④第二州言語及び英語の開始(小1、小5年)、である。これを各州が議会で承認し、住民投票により承認する手続きが必要になる。26州のうち、このHarmoSが承認、発効したのは15州で、7州では拒否、4州では州議会の承認や住民投票での承認に至っていない(2022b)。

11州はHarmoS協定を承認していないが、共通性を目指した教育改革が進められている。以下、教育改革の内容をみていこう。

(2)教育改革で教育の共通性は高まったのか

スイスは、州による学校年限、学校言語、外国語の種類と開始時期、学習指導要領等の違いがあった。しかしHarmoS協定以降、州間の共通性を高める教育改革が進められた。

②と③に関連して、言語圏別の学習指導要領は、仏語圏で2010年、独語圏で2014年、伊語圏で2015年(2022年に改訂)に作成された。これに加えて、2011年にはEDKが共通教育目標(スタンダード)を設定した。これは、小2、6年及び中3年終了時の教育目標を、①学校言語、②第二言語及び英語、③算数・数学、④理科、について設定した。また、①の幼児教育の義務化も進展している。協定を承認した州では2020年までにその実施が求められ、多くの州で就学前教育2年間が義務化された。こうした政策によって学校での教育内容の共通性は高められてきたといえよう。

(3)教育改革を検証する根拠データ

言語圏の学習指導要領、そして共通教育スタンダードが作成されたことを受け、学習の成果を検証することが必要になる。スイスにおける教育改革の検証として用いられているのは、主に①国際学力調査、②州間比較学力調査である。国際学力調査については、ドイツのところで触れたので、個々では繰り返さない。州間比較学力調査は、2016/17年に2万人規模で実施された。学校言語の習得状況については、開始時期や時間数が異なっているにもかかわらず、大きな違いはないとの結果になった。一方、数学については、時間数等による州間の違いが確認できた。

(4)教育改革はどのように検証されたのか

こうした国際学力調査及び州間学力調査によって、州毎に学力状況が確認された。その結果を整理したものが「教育報告書」である。スイスの教育報告書は2006年に試行版が作成され、その後2010年、2014年、2018年と4年毎に作成されている(2022年版はコロナ禍により2023年に延期)。

スイスの教育改革の特色の1つは、連邦および各州教育長会議が教育報告書に基づいて検証し、次の共通教育政策目標を決定していることであろう。教育改革を進めるためのPDCAサイクルがつくられているのである。

参考資料

  • 坂野慎二(2022a)「教育の中央集権制と分権制-スイスの事例から-」フォーラム:ドイツの教育第88回例会発表資料(2022.03.26)(未公開)
  • 坂野慎二(2022b)「教育政策の成果検証に関する比較研究-ドイツとスイスを事例として-」日本比較教育学会第58回発表資料(2022.06.25)(未公開)
  • SKBF(2018)Bildungsbericht Schweiz 2018. (www.skbf-csre.ch)