坂野慎二先生:教育改革の成果をどのように伝えていくか第4回 オーストリアの例
2022.11.10
3.国と研究者が協力しての教育改革―オーストリア―
(1)教育改革が遅れたオーストリア
ウィーンを首都とするオーストリア共和国(以下「オーストリア」)は、人口893万人、面積はスイスのおよそ2倍の8.4万km2である。第一次世界大戦の敗北によって、国の規模は小さくなり、第二次世界大戦の敗北後は連合国4か国の占領下に置かれた。1955年に中立国としてようやく独立し、EU(ヨーロッパ連合)に加盟したのは東西冷戦終結後の1995年であった。
オーストリアは連邦制国家であり、9州で構成される。1962年の連邦憲法改正により、教育に関する事項について、連邦が立法権を持っていた。ただし、教育関連の改革を行う場合は、憲法の規定により議会で3分の2以上の合意が必要であったため、教育改革は進まなかった。ようやく2005年になって、憲法の教育多数決規定が改正され、教育改革が進められるようになった。
【表3】オーストリアのPISA調査結果の推移
リテラシー/年 | 2000年 | 2003年 | 2006年 | 2009年 | 2012年 | 2015年 | 2018年 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
読解力得点 | 507 | 491 | 490 | 470 | 490 | 485 | 484 |
数学的 リテラシー得点 |
515 | 524 | 505 | 496 | 506 | 497 | 499 |
科学的 リテラシー得点 |
519 | 491 | 511 | 494 | 506 | 495 | 490 |
(出典:OECD資料から筆者作成)
(2)教育改革はどのように進められたのか
オーストリアは政権交代が少ない国に分類できると考えられてきた。本来国民議会(国会にあたる)の任期は5年であるが、近年は内閣改造が多い。ほとんどが連立政権となるが、その際に連立協定を結び、基本は5年計画で改革を進める。
オーストリアの国民議会(国会にあたる)の任期は5年である。政府はほとんどが連立政権となるが、その際に連立協定を結び、5年計画で改革を進める。
教育改革もこうした流れに沿って進められる。2005年に学校パッケージ法が成立し、午後も教育及びケアを行う終日学校を拡充し、学校の裁量を拡げて学校による教育課程の編成範囲が拡げ、特色ある学校づくりが可能になった。
また、オーストリアはドイツ同様に10歳からで大学進学向けの学校(AHS)と職業訓練向けの学校(ハウプトシューレ)とに分かれる分岐型学校制度をとっているが、ハウプトシューレを中間学校に改組し、中間学校から大学進学への経路に入ることができるようになった。
2018年には教育パッケージ法が成立した。それまで教育行政は、州と市町村に委ねられていたが、連邦が立法のみならず、行政でも教育に責任をもって教育改革を進められる制度を整えた。
(3)教育改革を検証する根拠データ
オーストリアでも教育改革を検証する基本資料として教育報告書が作成されている。教育報告書は2009年に試行版が作成され、その後3年サイクルで作成されている。
2021年の教育報告書における教育指標(インディケータ)は、 (1)人口や経済状況、児童生徒数の動向等、(2)インプット(人的資源と教育支出等)、(3)プロセス(学校の進路選択、午後の教育・ケア、成績評定等)、(4)アウトプット(修了証、コンピテンシー、コンピテンシーの社会的選抜性)、4つに区分されている(「教育報告書2021」)。
(4)教育改革はどのように検証されたのか
進めている教育改革を検証するために、2008年に連邦教育研究所(BIFIE)を設立したが、2019年には連邦学校教育質保障研究所(IQS)に改組し、根拠に基づいた教育政策の検証を進める体制を充実させている。教育報告書は連邦文部省がこうした研究所に委託する形である。
オーストリアの教育報告書で特徴的なのは、教育報告書が(1)教育政策、(2)教育インディケータ(教育指標)、(3)幾つかの開発分野、の3部構成となっていることである。つまり、(1)で教育改革の計画と実施が記され、(2)で教育改革の結果と成果がインディケータにより示される。このインディケータに基づいて、連邦学校教育質保障研究所が教育改革のトピックについての分析を研究者グループに依頼し、提出された原稿を別の研究者がレビューした後に教育報告書に掲載されている。
こうした教育行政当局が公表する教育報告書に、相対的に独立した形で教育政策を検証する論考が公式に掲載されることにより、次の教育改革を立案する方向性が示唆されるのである。
参考資料
- 坂野慎二(2022c)「教育政策検証手法としての教育報告書-ドイツ語圏諸国の分析を中心に-」日本教育行政学会第57回発表資料(2022.10.15)(未公開)
- Bundesministerium für Bildung, Wissenschaft und Forschung (BMBWF) (Hrsg.)(2021) Nationaler Bildungsbericht Österreich 2021. (DOI: http://doi.org/10.17888/nbb2021)