坂野慎二先生:教育改革の成果をどのように伝えていくか第5回 日本で考えるべきこと

2022.11.17

まとめ

(1)なぜ教育改革は必要とされたのか―ドイツ語圏諸国からみえてくること―

これまで、ドイツ語圏のドイツ、スイス、オーストリアの教育改革とその検証についてみてきた。教育改革を進める上での契機の一つとなったのが、国際比較学力調査であるPISA調査である。

その際に課題とされたのは、第一に学校言語の早期獲得である。ヨーロッパ諸国では、EU(ヨーロッパ連合)の拡大やシェルゲン協定により、人の移動が活発になった。移民・難民や職業機会獲得のために移動が活発になり、異なる言語や文化を持つ子どもたちが増加した。彼らに、それぞれの国の学校教育で成功する機会が求められ、そのための学校言語の習得や公的空間による午後の教育・ケアといった条件整備が求められた。

第二に学校教育における機会均等である。上述の言語に加え、社会階層、性別、地域特性といった区分により、教育結果・成果の相違がデータによって示された。その違いを小さくするための改革が求められることとなった。

(2)根拠に基づいた教育改革の必要性

教育は個人の関心事であるとともに、国の関心事でもある。教育政策の立案と実施は、多くの人たちに大きな影響を与える。その際により確かな見通しが立てられるような根拠(エビデンス)が求められる。実際の教育政策では、OECDのPISA調査等の国際比較学力調査が大きな影響を与えていることが確認できる。ドイツ語圏諸国でもこうした影響が確認できるし、日本でもPISA2003年調査結果の公表によって、「PISAショック」が起こった。ただし教育の結果・成果をコンピテンシーのように分析可能なものとして把握して良いのかどうかは、留保しておく必要がある(杉田・熊井2019)。

重要なのは、教育改革を進めるために、現状を分析し、どのような対応策を計画・実施し、その結果・成果をどのように検証していくのか、ということである。そこで計画・実施のための「根拠」が重要となる。ドイツ語圏諸国の教育改革は、PISA調査等による学力の違いの大きさと学校言語の違いによる関係性を見いだし、就学前教育や放課後の教育及びケアによる学校言語の習得に力を入れた。また、教育スタンダードを作成し、学習指導要領の共通化といった方策を提示し、連邦国家の特色であった州の独自性を尊重しつつも、連邦の権限を強化し、共通の教育改革を志向している。

(3)根拠に基づいた教育改革「検証」の必要性

こうして進められた教育改革が有意義であったのかを検証する必要がある。ドイツ語圏諸国では、育政策を法令で詳細に定め、それを忠実に実行することに重きが置かれてきた。しかし教育を含めた公の政策は、実施組織に自律性を認め、実施した結果・成果で評価することが主流となってきた。入り口での評価から出口での評価へと行政の考え方がシフトしたのである。

ドイツ語圏諸国では、その結果・成果の検証を、(1)国際比較学力調査、(2)州間比較調査、(3)学校修了の共通試験、(4)児童生徒の追跡調査等で行ってきた。その検証結果を「教育報告書」にまとめて公表し、次の教育政策の計画・実施を行うというサイクルが成立してきたのである。

おわりに ―日本への示唆―

ドイツ語圏諸国の教育改革の計画・実施・検証から日本の教育改革への示唆を2点整理しておく。

第一に、実際に計画・実施された教育改革の結果・効果を検証し、次の教育政策立案に資する根拠を提供することである。この部分は日本では十分とはいえない。こうした教育政策を実施した後の検証データとしてあげられているものはPISA等の国際比較学力調査が中心で、学校修了時の試験や、児童生徒の変化がわかる経年調査等はあまりない(坂野2022)。

ドイツ語圏諸国では、連邦と州の共同機関(スイス、オーストリア)、独立した研究機関(ドイツ)が検証にあたっている。日本では文部科学省の附置機関である国立教育政策研究所や(青木2021)、民間シンクタンク、大学等の研究者グループ等が考えられる。

第二に、多くの人が教育に関心を持ち、必要な教育改革を議論する環境を整えることである。日本の教育改革の立案は、与党(例:自民党の旧教育再生実行本部、政務調査会)から、内閣府首相官邸(例:教育再生実行会議、教育未来創造会議)へ、そして文部科学省(中教審)の順に進んでいく。文部科学省が実施計画を立案し、閣議を経て、国会で成立させる前に概ねの方針が決まっている。その際、政策立案がどの程度根拠(エビデンス)に基づいているのかである。政策検証結果を広く議論し、合意形成に多くの国民が参加することが望ましい。

そのためには、検証結果を総括する「教育報告書」のようなものが必要である。日本では、『文部科学白書』が毎年刊行されているが、政策の実施者がその年に実施した記録であり、結果・成果が丁寧に分析されている訳ではない。2008年から5年毎に閣議決定されている「教育振興基本計画」も、教育政策の検証結果をとりまとめられ、公表した上で次期計画を作成するという形ではない。

教育改革の根拠となるデータや情報が「教育報告書」のような形で根拠(エビデンス)が提供され、オーストリアのように行政とは離れた研究者グループが教育政策を検証した分析結果が広く国民に伝えられるならば、国民の間に根拠に基づいた教育政策への関心を呼ぶことが可能となっていくであろう。

参考資料

  • 青木栄一(2021)『文部科学省』中央公論新社
  • 坂野慎二(2022)「エビデンスに基づく教育政策の検証―ドイツと日本の比較から―」玉川大学教育学部紀要『論叢』 第21号13-24.
  • 杉田浩崇・熊井将太編(2019)『「エビデンス」に基づく教育の閾を探る』春風社