カメダ クインシー先生ウェルビーイングと持続可能な学校文化の構築
2025.01.14
最近、教育現場において「ウェルビーイング」という言葉を耳にする機会が増えてきました。私はIB(国際バカロレア)の教育者として、また教育研究者として、学びの場でどのようにウェルビーイングを重視したシステムを作り上げるべきかについて、日々考えています。ウェルビーイングは単なる流行語ではなく、教育に深く根ざした要素として、その価値を明確にする必要があります。今日は、その中で私自身が考えたこと、そしてIBが提供する枠組みやその効果について振り返り、どのように学校文化の中でウェルビーイングを組み込むことができるのかを考えたいと思います。
IBがもたらすシステム変革の枠組み
IBの教育プログラムを考えるとき、私は常に「学校全体でウェルビーイングをどのように位置づけるべきか」という問いに直面します。この問いは非常に根本的でありながら、実践の中では複雑です。しかしIBは、明確なフレームワークを提供しており、これが私たち教育者にとって大きな助けとなっています。私が特に感銘を受けたのは、IBがウェルビーイングを単なる理念としてではなく、実際の教育プログラムや学校運営の中に組み込む仕組みを用意している点です(International Baccalaureate, 2017)。
学校全体のウェルビーイングを推進する際に、心理的安全性が重要な鍵を握っています。心理的安全性の高い学校環境では、生徒だけでなく教師も自己表現がしやすくなり、失敗を恐れずに挑戦することが可能です(Edmondson, 1999)。IBが提供するリソースやワークショップは、この心理的安全性を育む方法を具体的に教えてくれます。
さらに、IBが掲げるLearner Profile(学習者像)は、ウェルビーイングを推進する上で欠かせない要素です。このプロファイルは、思いやりやバランス、自己管理といった基本的な価値観を生徒に伝えると同時に、教師や学校運営にもその指針を適用することができます(International Baccalaureate, 2013)。これにより、生徒と教師が共有する価値観が学校全体の一体感を生むのです。
IBが提供する"School Self-Evaluation"(学校自己評価)ツールは、学校が自己改善を継続するための重要な手段です。私自身、このツールを使って学校の強みと課題を見える化するプロセスを体験しました。このプロセスを通じて、単に結果を評価するのではなく、過程を重視する視点を持つことの重要性を学びました。また、IBネットワークを活用して他校と成功事例を共有し合うことが、持続可能な教育文化を築く上での力強い支えになっています。
学校コミュニティ全体のウェルビーイングの必要性
ウェルビーイングの大切さについて考えるとき、私は常に「生徒」「教師」「保護者」の3つの軸を中心に据えます。これらの軸が互いに影響し合いながら、学校全体の幸福感や安定感を形作っているのだと実感しています。
生徒のウェルビーイングを支えるためには、心理的安全性を確保することが最優先です。心理的安全性が保障された環境では、生徒たちは自由に質問し、失敗を恐れずに挑戦できます(Edmondson, 2018)。探究型学習の実践では、生徒が自ら問いを立て、その答えを探す過程を通じて、学びの喜びを見つける姿を何度も目にしました。彼らが自信を持ち、自分の成長を実感している様子は、教育者にとって何よりの励みとなります。
一方で、教師のウェルビーイングも同じくらい重要です。教師が健全で前向きな状態でいることは、生徒への良い影響を生み出します(Hargreaves & Fullan, 2012)。私は学内で実践したバディー制度やIBのオンラインリソースやプラットフォームを活用することで、同僚と授業計画を共有し、孤立することなく仕事を進めることができました。こうした共同作業の機会は、単なる業務効率化に留まらず、教師同士の絆を強め、ウェルビーイングを高めるものだと感じています。
さらに、保護者や地域社会の役割も忘れてはなりません。保護者が学校の活動に参加し、地域が生徒の学びを支える仕組みを作ることで、学校全体が一体感を持つようになります(Wenger, 1998)。私が携わった地域参加型プロジェクトでは、生徒が地域課題の解決に取り組む中で責任感と自信を育む姿を見ることができました。こうした活動を通じて、学びが教室の外に広がり、現実の社会とつながっていることを実感します。
実践的なウェルビーイング支援の取り組み
IBの枠組みを通じて実際に学校現場でウェルビーイングを高める努力を振り返ると、さまざまな実践が有効であることを実感します。
失敗を恐れない文化を育てることは、学びの質を向上させる鍵です。形成的評価を活用した授業では、生徒が試行錯誤を楽しみながら、自分の成長を実感する場を作ることができました(Black & Wiliam, 1998)。失敗を学びの一部と捉える姿勢が、教室全体を前向きな空間に変えていくのを感じました。
また、多様性とインクルージョンを重視することは、生徒が互いの違いを尊重し合う文化を形成するために欠かせません。異文化理解を深めるプロジェクト学習や、多言語環境に対応するプログラムは、生徒一人ひとりの価値観や背景を尊重する教育実践として有効です。教室で生徒同士が協力し合う姿を見るたびに、多様性がもたらす力強さを再確認します(Banks, 2008)。
さらに、学校全体で振り返り活動を取り入れることも、ウェルビーイングを向上させる重要な手段です。Reflective Practices(振り返り活動)を通じて、生徒、教師、保護者が共に目標を共有し、課題に向き合うプロセスは、学校全体の団結を深める効果があります。このプロセスが全員にとっての「学び」を強化し、持続可能なコミュニティの基盤を築いています(Schön, 1983)。
振り返ってみると、IBが提供する枠組みは学校全体のウェルビーイングを支えるための非常に有益なリソースであると改めて感じます。これらの取り組みは、単に学びの質を向上させるだけでなく、学校が持続可能で前向きなコミュニティとして機能するための基盤を築いています。私たち教育者は、生徒、教師、保護者の誰もが安心して成長できる環境を作るために、こうしたリソースを活用しながら日々の実践を続けていく責任があります。これからも、この考えを軸に教育現場で努力を重ねていきたいと思います。
参考文献
- Banks, J. A. (2008). An introduction to multicultural education (4th ed.). Pearson.
- Black, P., & Wiliam, D. (1998). Assessment and classroom learning. Assessment in Education: Principles, Policy & Practice, 5(1), 7–74. https://doi.org/10.1080/0969595980050102
- Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. https://doi.org/10.2307/2666999
- Edmondson, A. C. (2018). The fearless organization: Creating psychological safety in the workplace for learning, innovation, and growth. Wiley.
- Hargreaves, A., & Fullan, M. (2012). Professional capital: Transforming teaching in every school. Teachers College Press.
- International Baccalaureate. (2013). The IB learner profile. International Baccalaureate Organization.
- International Baccalaureate. (2017). What is an IB education? International Baccalaureate Organization.
- Schön, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. Basic Books.
- Wenger, E. (1998). Communities of practice: Learning, meaning, and identity. Cambridge University Press.