杉山倫也先生「苦学の目的如何」―1993年12月16日の波線―
2026.07.21
「もしも真実その苦学の目的如何なんて問う者あるも、返答はただ漠然たる議論ばかり。」『福翁自伝』
『福翁自伝』は福沢諭吉(1835−1901)の自伝です。自伝文学の最高傑作のひとつとして名高い書です。
冒頭の引用文を少し噛み砕いてみるとこうなるでしょうか。
「もし、『なんでそんなに苦労して(頑張って)学問しているの』などといわれても、答えはしょせん綺麗事になってしまう。(無駄な問いかけをするな。)」
少し皮肉めいた意味を含む文です。
私が大学院生の時に拠り所としていた言葉です。
世はバブル(崩壊手前)でした。就職は売り手市場です。内定辞退防止のために学生たちをクルージングに連れ出した企業があったとか。
そんな折に、私は大学院進学を選択しました。売り手市場なのに、就職しなかったのです。
とはいえ、成績がよかったわけでもなく、真面目に勉強していたわけでもなく、社会貢献をしたかったわけでもなく……。ただ、このまま社会に出てはいけないような気がしていました。(それは勘違いだったかもしれません。)
当然、周りの友人・知人からは「変人」あつかいでした。(コンプライアンス的にこの程度の表現にしておきます。)
修士課程での勉強・研究が、予想を大きく裏切るほどに面白くなりました。結果、博士課程への進学を選びました。
その頃、社会人として働いている友人・知人は「もういい加減に学校からは離れて堅実に働け」と諭してきました。もちろん「そんな研究をしていて何に役立つのだ」という指摘はセットです。
おそらくそんな時期だったのでしょう。指導教授が「この本面白かったぞ」と『福翁自伝』を紹介してくれました。(研究テーマとは直接的には無関係です。)
読み進めて出会ったのが冒頭の引用文です。
その文の近くには、「我が意を得たり」の言葉がいくつもありました。
「それゆえ緒方(洪庵)の書生が幾年勉強して何ほどエライ学者になっても、頓と実際の仕事に縁がない。すなわち衣食に縁がない。縁がないから縁を求めるということにも思い寄らぬので、しからば何のために苦学するかといえば一寸と説明はない。」
いくら勉強しても「実際の仕事に縁がない。」では、何のために勉強しているの、といわれても「一寸と説明はない。」というのです。
もちろん、私程度の勉強と「緒方の書生」のそれとを同等にするつもりは毛頭もありません。「月とスッポン」(スッポンにすら怒られそうです)です。それでも、「心意気(だけ)は同じだ」、と思ったのでしょう。あるいは「今、オレはこの人たちと同等のレベルにあるのだ」とほんの少しスノッブな気分だったのでしょうか。本には力強く波線を引いています。手持ちの本には、1993年12月16日(読了日)と記載があります。
福沢は「緒方の書生」の想いをこんな風に喩えています。
「たとえばこの薬は何に利くか知らぬけれども、自分たちより外にこんな苦い薬を能く呑む者はなかろうという見識で、病のあるところも問わずに、ただ苦ければもっと呑んでやるというくらいの血気であったに違いはない。」
これを日常生活において実行したら大変危険です。ただ、大学院生として、あるいは研究者として、こんな「血気」をもってみるのもひとつの楽しみです。それは回り回って、まったく予想だにしなかった結果に結びつく可能性を秘めています。例えば、今、私はこのコラムを書いています。
引用文献
福沢諭吉『福翁自伝』, 富田正文校訂, 岩波書店, 1978年.




