若月先生:インクルーシブ教育(保育)システムの構築Vol.4:園文化と保育実践

2013.10.04

各幼稚園・保育所にはそれぞれの歴史や園の文化があります。その文化は私学の場合は特に固有の独自性を有しており、設置主体となる理事長や園長がその保育観や理念によって形成されています。園の文化は時代の背景や趨勢、ニーズによって変化すべき部分と、理念として絶対的に揺るぎない側面があります。障碍のある子どもの保育は、その理念や信念と時にぶつかることがあります。

前号でも提示したように、障碍のある子どもは保育の難しさから、今ある保育の枠に対して意義や抵抗を示すことがあります。園の文化や保育理念に対して変更を余儀なくされるようなことがあると、文化の変更に対して園長や保育者など、園文化の継承に力を注いで来た方々にとっては抵抗感がある場合もあります。障碍のある子どもを受け入れて、更にインクルーシブ教育・保育を目指す場合は、園の文化の柔軟性が問われてくるのです。例えば運動会などを例にあげれば、今までの種目や練習のプロセスなど、園文化の中には受け継がれてきた伝統的な流れがあります。そのプロセスや結果を見直す必要が出てくる場合、保護者を含めて抵抗されることがあります。一人一人の子どものために行事などを見直すことの重要性は誰もが感じているものの、それを実践していくことの大変さが現場では深刻な問題になるのです。

以上のような実践における文化の壁は、保育の枠を広げたり新たな保育内容の調整に対して強い抵抗になってしまうことがあります。その壁を乗り越えるためには、園長の方向性への示唆と教職員の共通理解のために、園内での研修や研究の機会が必要になってきます。しかし、忙しい現場の中で、じっくりと時間を取って保育のあり方や行事の見直しなどを丁寧に考えることには困難さもあります。また、保育のあり方に変更を加える場合には、保護者などへの周知徹底も必要となり、結果的にとても手間と労力が必要になるのです。このような現場の事情から考えると、園文化をしっかりと理解することから始まり、子どもの個々にあるニーズや思いに応え、保育を見直すためには相当の努力が必要になってくるのです。

インクルーシブ教育・保育の理念は大変重要なことであり、これからの教育や保育の多大なる変革をもたらす可能性があります。しかし、保育現場の壁は容易に崩すことが出来ないことも事実なのです。理念を実現することが保育の現場や研究者には求められ、その具体的な実践のあり方に対して研究が貢献しなければなりません。

各園に求められることは、まず「園文化」をしっかり理解し、保育内容の意味と価値を保育者がしっかりと理解することから始まります。活動や行事がなぜ必要であるか、その経験が子どもにとってどのような意味を持つのかなど、子どもの視点に立った幼児理解と実践の省察が求められるのです。

保育は奥が深い故に難しさがあります。表面的な成果を求める保育も当然ありますが、個々の子どもの立場に立った保育の方向性を検討するためには、その専門性が求められます。それは目に見えることばかりではなく、むしろ目に見えにくいことの方が多いのです。人は目に見える成果を求める傾向がありますが、保育者は見えにくい内面理解の重要性について共有し、可視化できる力が必要です。そのためには丁寧な記録のあり方や実践の見直し、園内での研究や研修の積み重ねを通して保育者の専門性や園文化の見直しが必要になってきています。

障碍のある子どもを受け入れることは、新たな変化を生み出すためにとても重要なことも多くあります。各園では、障碍のある子どもの受け入れを拒否するような姿勢を改め、園の保育の質的向上のためにも多様な子どもを受け入れることが強く求められてくるのです。そのような成果の結果として、インクルーシブ教育・保育の実践が実現できるのではないでしょうか。また、実践研究の積み重ねは日々の保育の見直しの方向性を探り、保育者の意識の変革と園文化の見直しによって実現が可能になっていきます。

共生社会を形成するためには、以上のような努力と取り組みがあって初めて実現することを各現場や研究者が意識しなければなりません。これからの社会が障碍のある子どもや人と共に歩むことが出来る方向に向かうことを期待しています。