観光教育のススメ―地方創生のための地域人材育成を-

2017.11.17
教育学部教授 寺本 潔

観光の学びを学校教育でスタートしたい

写真1 沖縄県の小学校で観光の出前授業を行う筆者

いま、日本や世界は観光新時代を迎えています。人の移動が予想以上に拡大し活発化しているのです。国境を越える旅は日常化していると言っていいでしょう。平成28年度、インバウンド(訪日観光客)も過去最高の2403万9千人に達し、オリンピックイヤーの2020年の政府目標値は倍の4000万人と設定されています(観光庁:2015)。一方、地方に目を転じてみると、各自治体は少子高齢化で経済規模も縮小しつつあり、観光などの交流人口を増やすことでその穴埋めを意図する施策が展開しています。いわゆる地方創生事業と相俟って、その土地ならではの固有の観光資源に注目が集まることでしょう。日本文化体験、絶景鑑賞、和食、産業遺産、歴史旅などをキーワードに観光交流の機会が増えていくことでしょう。そこには、観光資源を創り出そうとする思考と見出そうとする指向が意思として働いています。観光(ツーリズムTourism)の学びは社会への関心を高め、探究する姿勢をつくるメリットがあります。その学びには、前向きな明るさが備わり、人に積極性を与える効果があるのです。

わたしは、6年ほど前から積極的に小中高等学校に出かけて、「観光の学び」を出前授業の形で発信し続けてきました。公教育で進める観光の授業は、学習者自身が訪問地を知るために必要な、地域資源を見出す力や実際の旅行力、国際理解力はもとより、国や自治体を訪れる観光客に接する際の資質(相手国理解、ホスピタリティ)の両面が育成できます。前者では、社会科教育が内包する学習技能(例えば、景観や地図の読取り、場所内における環境と人間との関係性理解、統計活用力、歴史遺産の解釈力)が磨かれ、視野が拡大できます。後者では、対人関係スキルや異文化理解・多文化への寛容心、観光案内のための外国語、自国や自治体の地歴案内などの対応力が身につくのです。外国人との対応場面では、臨場感を醸し出しながら、外国語の習得ができます。こうした多岐にわたる「観光の学び」について、社会科や総合的学習、英語科などの教科・領域を持つ学校教育がそろそろ、その価値に気付く必要があるのではないでしょうか(詳しくは、寺本・澤編著『観光教育への招待-社会科から地域人材育成まで』ミネルヴァ書房刊を参照)。

観光産業を支える人材とは

観光産業には、次の6つの種類の仕事があります。①ホテルや旅館などの宿泊業②水族館やテーマパークなどの観光施設③飲食や土産店④旅行会社や添乗員⑤タクシーや空港、駅などの交通関係⑥安全で快適な観光を支える仕事の6つです。ポイントは最後の⑥です。観光客と毎日接することがなくても観光産業を陰で支える仕事は多いといえます。ホテルのレストランで出される食材を生産する農漁業はもちろん、清掃やクリーニング、病院や警察署、ごみ処理に関わる業種、そして道案内など観光客に対し「おもてなし」の精神で受けとめてくれる一般市民です。

2030~50年にかけての未来社会は、移動に要する経費と通信費の両方が低減し、世界中で観光による人々の移動と交流による地域社会の資源化が起こるでしょう。観光は人々の自己実現や幸福を目指す上での必須の行動目標になり、名所見物だけでなく、スポーツや医療、ワイルドライフ、観劇、遺産、アニメなど個人の趣味の一環として多種多様の形態をとるようになるに違いありません。観光業はそうした地球大交流の時代の中で、大きく形を変えていくことでしょう。社会科で今後扱われる必要のある観光業も各種産業との密接な関係の中で認知されていく必要があります。でも、残念ながら小中高等学校の教科書に観光業が紹介されたことはありません。キャリア教育としてもニーズが高いのに全くと言ってよい程、扱われていないのです。

観光立県、沖縄県での試み

写真2 世界遺産であるグスクの価値をポスターにまとめた例

昨年の11月末日と12月1日の2日間、沖縄県石垣市の小学校で観光授業を担当させてもらいました(この内容は本学教育学部紀要『論叢』第16号、2017年に発表)。4年生に石垣市を訪れている112万人もの入域観光客数を示し、「多くの観光客は何を楽しみに石垣市を訪れているのだろう?」を問いとして児童に考えてもらいました。しかし、意外にも子どもたちは観光客の目的や市内の観光地について十分な知識を持っていませんでした。まさに灯台もと暗しです。学校で観光客の動きや観光の仕事の大切さについて全く教わっていないことに加え、島で起こっている観光の激変を未だ他人事で捉えているようです。

3年前は、玉川大学学術研究所共同研究助成金を用いて沖縄本島の小学校で延べ16時間実施しました。この学校が属する自治体には、グスク(世界文化遺産)があるため、子どもたちに身近にあるこのグスクを実際に訪れたことがあるかと聞いたところ、驚くことに4割の子どもが、一度もそこに行った事がないと答えました。

子どもたちの口から県観光の魅力を具体的・個性的に引き出すことは、容易ではありませんでした。観光は、いわば他者の目で自県のよさを再認識できる格好の機会です。単にお国自慢な感覚でなく、自県を客観視できる思考力が試されます。沖縄の子どもたちに観光現象や観光産業に関する「観光知」が不足している理由を何人かの校長に尋ねたところ、県内の小中学校では国語と算数に著しく傾斜した学力向上に力が入れられているため、観光のような新規の内容を扱う余裕がなくなっているとの説明を受けました。沖縄県においては、わたくしも編集委員ですが、充実した観光副読本『観光学習教材』といった62頁のカラ―本が配布されているものの、十分には活用されていません。実に残念な傾向です。観光の学びは、自県のよさ・資源(自然・食・地理歴史・文化等)を再認識でき、ホスピタリティや英会話能力、安全管理、観光産業への関心も高めることができる実践的な知に満ちています。

ところで、沖縄県の観光教育に対するある種の落胆と危機感も抱きつつ、一昨年ハワイ州ホノルルを訪問しツーリズム・オーソリティという機関で州の観光教育事情の聞き取り調査を行いました。当地では『ハワイ州観光戦略計画2005~2015』が策定され、中高校段階から積極的に観光を学習内容に取り込み、原住民から受け継いだ“アロハ”の精神を初めとする5つの価値を専門家のワークショップも開きつつ、高校生に受け継がせる努力が実践されていました。ホテル業界や航空業界も州の観光人材育成に協賛し、ホスピタリティ研修とトラベル管理法の2種類の研修講座が17の高校で展開されているそうです。

さらに週末、金土曜日を活用しワイキキのホテルで高校生によるインターンシップも経験させたようです。加えて、中学校では急増する韓国人観光客との文化交流事業もあったそうです。

調べてみると沖縄県でも『観光戦略計画』が策定されていました。読んでみると観光人材育成やそのための教育界との連携についてはわずかの記述に留まり、各論や具体的な実践につながる示唆は皆無でした。おそらく、平成26・27年度に実施された「未来の産業人材育成事業」(沖縄県)はそうした必要感から始められた画期的な事業であると思われますが、1,2時間程度の専門職員による出前授業が展開されているにとどまり、肝心の教育現場の教師自身が主体的に観光の教育にむけて実践研究を始めるという流れには至っていません。観光は関連産業が広く、裾野が広い富士山型の業界です。裾野には県民一人一人のサポートも含まれています。高くて美しい富士山型の観光人材輩出を目指し、“めんそーれー”の真髄と自然と文化への尊重を柱とした沖縄独自の観光人材育成戦略を早急に策定し、教育界と観光業界とがスクラムを組んで着実な実行・実践に進むことが期待されます。

地域ブランド・アイデンティディの設定

写真3 シンポジウムの様子(ステージ中央に立っているのは筆者。撮影は鹿児島大学小栗有子准教授による。)

今や、地方創生を目指す上で地域ブランドの立ち上げは必須です。ニューツーリズムの振興や観光庁が主導する日本版DMO(Distination Management Organization)も従来の観光協会の枠組みからの脱却を目指しています。DMOとは、観光物件、自然、食、芸術・芸子う、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人のことです。いわば、地域の「稼ぐ力」をいかに引き出すか、地域への誇りと愛着を構成する経営的な視点に立った観光地域づくりの舵取り役としての期待が、その法人組織に求められています。軌道に乗るためにも、その構成員や人材育成が成功の鍵を握っている事実は間違いありません。その中で、観光教育は、日本版DMOの概念図では、行政セクターに位置づいていますが、学校教育が関与するとすれば、児童生徒は地域に居住しているため、同時に地域住民による観光地域づくりへの理解促進にも役立ちます。そうした地域主権に基く視野の形成に寄与するはずです。

2017年度は7月には、わたくしの提案から石垣市制70周年記念事業として「中学生がこれからの観光について考えるシンポジウム」が実現しました。地元の中学3年生490名を市民会館に集めて開催されました。写真はそのときの様子を伝えるものです。このシンポジウムは観光カリスマと呼ばれる丁野 朗氏の基調講演に始まり、寺本による公開授業、観光クイズ、中学生参加のシンポジウムで構成されました。画期的な内容となり、実に優れた意見が中学生たちから飛び出してきました。観光教育への手ごたえを感じた瞬間でした。詳しい内容は7月14日の八重山毎日新聞一面に掲載されていますのでネットで閲覧してもらえたら嬉しいです。

わたくしが唱える観光教育は、未だ十分には独自の内容と方法論を有していないため、教育界ではあまり認知されていませんが、観光という行為を通して地域との間に観光者が関係を築いていくことで、地域住民にもよき効果を及ぼす魅力に富んでいます。これからも研究と実践に努めていきたいと思っています。