課題が終わるまで、春学期は終わらない
2026.07.14

春学期は7月末まで。あと少しで終わるという達成感を感じているのかといえば、むしろ課題に追い詰められている。
教育学研究科に所属して3カ月。今年度は研究と学修に集中し、来年度再び仕事と両立しながら学ぶことを見据えて、各学期ともに、履修可能な上限いっぱいの14単位・7科目を履修している。修士論文と必修科目1科目を残して、授業は年度内に終わらせる。自分の性格や生活を考えて、これがベストな履修計画、だと信じて取り組んでいる。
研究と学修に専念しているというと、科目数が多くても、時間があるから余裕があると考えるかもしれない。しかし、授業ごとに関連文献を読んだり、自分の研究に接続させたり、授業内発表や提出課題に取り組んだりしていると、締切が重なる時期には頭の中で複数科目を同時進行させることになり、休む間はない。一方ではワールドカップの日本対チュニジア戦を見て、もう一方では本を読みながら要点整理のスライドを作る。幸い、ゴールシーンは一つも見逃さなかった。もはや、授業、課題、授業、課題、授業のエンドレスループである。
といいつつも、もちろん終わりは来る。しかし、終わりとともに最終課題の締切も来る。7科目中4科目だけなのか、4科目もあるのか。しかも、ギリギリまで授業もあるため、授業課題と同時進行である。専念していても、結局はマルチタスク。あれ?
とはいえ、苦しいわけではない。こんなバラバラの科目がふとした瞬間に繋がり、しかも、学校現場で経験してきたことだけではなく、歩んできた人生までもが繋がっていく。大学院の学びって恐ろしい。
このように学修に軸足を置く一年には、もうひとつ利点がある。自分の専門以外にも目を向ける時間があるということだ。先日参加した教育政策学の学会では、自分の研究関心と重なる議論に触れる場面があった。それは「学び続ける教師」という言葉をめぐる問題提起である。この言葉は前向きな理念として語られやすいが、同時に、国の方針や制度の変化に対応し続ける教師を求める仕組みとも考えられるという指摘であった。教師教育学を専攻した背景には、社会の変化に対応する教師の養成や、教職課程の質保障について考えたいという思いがあった。しかし、こうした視点に触れることで、教師の学びを単なる授業改善のための自己研鑽としてだけではなく、より多面的に捉える必要性に気づかされた。
春学期の授業も3分の2をやり遂げたとはいえ、振り返るよりもまだ足元とこの道の先の課題を見るだけで精いっぱいだ。だが、それが楽しいのである。授業内外で得た問いを頭の中でこねくり回しながら、まずは修士論文に、そして今後の実践へとつながるこの学びを、これからも積み重ねていきたい。
教師教育学研究コース1年 M.J.




