山口意友先生:教育の目的はなぜ人格の「完成」なのか?(1)人格の完成とは?

2021.10.11

教育の目的は教育基本法第1条に「人格の完成を目指し・・・」と記されていますが、この文言に疑問を持たれた方はおられないでしょうか。なぜ「人格の形成」ではなくて「完成」なのかと。人格の完成というのは決して到達できないはずだ、それゆえ到達できないものよりも「人格の形成」「人格の向上発展」「人間性の開発」というような到達可能なものを教育の目的にすべきではないのか。こうした疑問を持たれた方も少なくないかと思います。

実は筆者も、大学2年の頃に初めて教育基本法(旧法)を読んだ際、これは誤植ではないか、「人格の完成」ではなくて「人格の形成」のはずだと強く感じ、さっそく図書館に行って調べた記憶があります。ですが、言うまでもなく誤植ではありませんでした。(筆者が、当時、探究心旺盛であればその場で「人格の完成」と記されている理由を探ったでしょうが、実際には、それを調べて納得できたのは大学の教員になってからでした。)そこで、以下、教育の目的が人格の「完成」である理由について論じていきたいと思います。

ご存じの通り、教育基本法は平成18年に改正されましたが、同年の教育基本法改正の際の国会審議において、人格の完成とはおよそ人間には到途不可能な神的な超越性を有しているがゆえに改めた方がよいのではないかとの意見が野党から出されました。以下は、当時の民主党議員中井洽(ひろし)と文部科学大臣小坂憲次のやりとりです。

  • 中井洽   :
    政府案では、第一条冒頭「教育は人格の完成を目指し」とございます。これは現行法と同じであります。・・・人格の完成というのはどういうことを言うのでしょうか。また、大臣は、人格が完成したというのはどういう人だとお思いになっていらっしゃいますか。例を挙げることができますか。全然構いません、おっしゃってください。
  • 小坂文科大臣:
    政府案第一条で言っております人格の完成は、現行法においても教育の目的とされておるわけでございますが、「各個人の備えるあらゆる能力を可能な限り、かつ調和的に発展させることを意味するものである」、このようにされております。このような人格の完成は、教育の目的として普遍的なものであることから、今回の法案においても引き続き規定することとしたものでございます。それでは人格の完成とはどのような人なのか例示してみろ、こう言われたら、これは私は例として申し上げる人はおらないわけでございます。すなわち、人格の完成というのは、私は神のことだと思うのでございますね。ですから、神のような全知全能を備えたものを目指すといっても、これは到底到達できるものではございません。だからこそ目指すのであって、それが実現するということは恐らく一生を通じてなし得ないかもしれない、しかし常にそれを目指せということで、「人格の完成を目指し」と言っているんだと私は思っておるわけでございます。
  • 中井洽   :
    教育で神のような人格完成を目指すというのは本当にできるのでしょうか。また、そんなことが目標というような法令でいいものかと僕は思わざるをえません。

(第164回国会 教育基本法に関する特別委員会 第12号 平成18年6月8日衆議院会議録)

小坂文科大臣が示した「〔人格の完成とは〕各個人の備えるあらゆる能力を可能な限り、かつ調和的に発展させることを意味するものである」(註1)という文言は、「教育基本法制定の要旨」(昭和22年5月3日文部省訓令第4号)に記された、人格の完成の定義(説明)です。

さらに、文科大臣も言うように「人格の完成」が「神のような全知全能を備えたもの」である以上、それは到達不能であることになります。決して人間には到達できないものを教育の目的にすることに対して疑義を挟む中井の主張にはそれなりの説得力があると言えるでしょう。

事実、中井所属の民主党案(平成18年5月23日衆議院提出)によれば、教育基本法第1条の教育の目的は以下のように示されています。「教育は、人格の向上発展を目指し、日本国憲法の精神に基づく真の主権者として、人間の尊厳を重んじ、民主的で文化的な国家、社会及び家庭の形成者たるに必要な資質を備え、世界の平和と人類の福祉に貢献する心身ともに健やかな人材の育成を期して行われなければならない」。

確かに「人格の完成」よりも「人格の向上発展」の方がより身近で到逮可能な内容です。では、到達不能なものと到達可能なもの、いずれを教育の目的とすべきなのか。実はこれと同じ議論が約70年前の旧教育基本法制定の際にもなされているのです。それを次に見てみましょう。(1/4回.続)

  • (註1)
    この内容はまさしく全人教育に相通じる内容と思われますが、その点については本教員コラム「円環を成した教育1.2」(小原一仁 2021.09.16/09.23)をご覧下さい。