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【量子情報科学研究所】Y-00光通信量子暗号の雑音による秘匿効果を高める光変調方法を実証

2018.05.14

【概要】

玉川大学 量子情報科学研究所(東京都町田市玉川学園6-1-1 所長:相馬 正宜)の谷澤 健 准教授と二見 史生 教授は、Y-00光通信量子暗号(1)のための光の変調(電気-光変換)方法を新たに提案し、電気デジタル・アナログ変換デバイス(2)の限界を打破する、極めて多くの光強度(3)をもつ暗号を発生させる実証実験に成功した。これにより、高速のY-00光通信量子暗号において、量子雑音(4)による秘匿効果を向上することができる。実証実験では、毎秒10ギガビットの高速のデータ信号(電気)を、新たに提案した光の変調方法を用いて、極めて大きな214(=16,384)値の異なる光強度をもつY-00光通信量子暗号に変換した。この方法により、デジタル・アナログ変換デバイスによるこれまでの制限にとらわれることのない、高い安全性と高速通信性能の両立が期待できる。
本成果の詳細は、2018年5月13日から18日まで米国カリフォルニア州サンノゼで開催される国際会議「CLEO 2018 (Conference on Lasers and Electro-Optics 2018)」で発表する。

【今回の成果】

IoTに代表される日々進化するアプリケーションを支える情報通信システムのセキュリティの向上は重要な社会課題である。玉川大学では、光通信の伝送路の安全性を高めるY-00光通信量子暗号の研究に基礎理論の確立から応用展開まで一貫して取り組んでいる。Y-00光通信量子暗号では、暗号鍵(5)を用いて、データ信号(平文)を多くの異なる光強度に変換することで暗号化を行う。隣接する光強度が近づくと受信時の光-電気変換で生じる量子雑音の影響で、鍵をもたない盗聴者は正確な平文を復元することができない。この秘匿効果は、隣接する光強度をどれだけ近づけることができるか、つまり、いかに多くの異なる光強度を作り出すことができるかに依存している。これまでは、その数が電気デジタル・アナログ変換デバイスの性能で制限されてきた。今回、複数の電気デジタル・アナログ変換デバイスの出力を光の領域で多重化して光強度に変調する方法を提案した。これにより電気デジタル・アナログ変換デバイスの性能に依存しないY-00光通信量子暗号の発生が可能となる。実証実験では、214(=16,384)という「極めて」多くの異なる光強度にて、毎秒10ギガビットの高速データ信号を暗号化することに成功した。単一のデジタル・アナログ変換デバイスで発生できる光強度の数は210(=1,024)程度であり、提案方法の導入でこの限界を大きく超える光強度の数を実証した。本成果は、量子雑音の効果に基づく安全性を高速の通信で実現できることを示している。

【背景】

ネットを利用したアプリケーションが我々の生活に深く浸透し、近年は決済や個人情報のやりとりを含むような重要なサービスにも用いられるようになってきている。それに伴い、これらのアプリケーションを支える情報通信システムのセキュリティが、益々重要になってきている。玉川大学では、光通信の伝送路の安全性を高めるY-00光通信量子暗号の研究を行っている。この暗号は、原理的に低遅延で暗号・復号ができ、既存の光ファイバ通信回線との相性がよい。これまでに、汎用の通信規格であるギガビットイーサネット(GbE)信号を暗号化して通信する量子エニグマ暗号トランシーバー(TU Cipher-0)(6)を作製し、二点間の通信に加え、最新の波長多重光通信システムへの適用検討や光ネットワークなどでの実証実験を行ってきた。
Y-00光通信量子暗号の秘匿効果は、暗号鍵を用いて、多くの異なる強度をもつ光信号を作り出すことで実現される。これまで、暗号の発生には、電気デジタル・アナログ変換デバイスを使って、光の変調(電気-光変換)を行う方法が用いられてきた。しかしながら、電気デジタル・アナログ変換デバイスには、応答速度と分解能にトレードオフの関係がある。この影響により、従来方法では、Y-00光通信量子暗号の光強度の数が電気デジタル・アナログ変換デバイスの性能に制限されるという課題があった。

【提案と実験実証】

今回、2台の電気デジタル・アナログ変換デバイスの出力を光の領域で多重化して、電気-光変換を行う方法を新たに提案・実証した。図1にその構成と動作の様子を示す。図1(a)に示すようにマッハツェンダ干渉計(7)によって構成される2つの位相変調部をもつ光強度変調器において、片側の位相変調部(上側)をデジタル・アナログ変換デバイスの粗い分解能の出力信号で駆動する。これに同期して、もう一方の位相変調部(下側)をもう一つのデジタル・アナログ変換デバイスの密な分解能の出力信号で駆動する。それぞれの出力を適切に調整することで、2つのデジタル・アナログ変換デバイスの出力を多重化して、多くの異なる光の強度を生成することができる。図1(b),図1(c)では単純な例として、2値と4値の電気信号にて駆動したときの光強度波形を示している。図1(b)に示すように2値の粗な信号により2値の光強度をもつ信号が生成される。この2値の光強度それぞれに4値の密な信号による変調が行われ、最終的に図1(c)に示す8値の光強度をもつ信号が生成できる。(これらの過程は同時に起こるため実際には分離できないが、ここでは説明のために分離して記載した。)Y-00光通信量子暗号への応用では、より多値の電気信号にて駆動を行い、暗号化する。

実証実験では、図2に示すように、64値と256値の2つのデジタル・アナログ変換を用いて16,384値の光強度をもつY-00光通信量子暗号を毎秒10ギガビットの通信速度で発生した。発生した暗号は16,384値の光強度をもつため、図中に示すように、その光強度の違いを判別することができない。これは鍵をもたない盗聴者の取得できる情報であり、盗聴行為が困難であることを直感的に示している。これまでの手法で発生できる光強度数は1,024値程度であり、提案方法により16倍の光強度数を実現した。Y-00光通信量子暗号の秘匿効果を定量的に表す指標として、量子雑音がどれだけ多くの異なる光強度を覆うかを示すマスキング量がある。このマスキング量も同様に16倍に向上した。この方法は通信速度に依らず適用できるため、将来的に、毎秒10ギガビットを超えるより高い通信速度のY-00光通信量子暗号システムへの拡張が期待できる。

図1 (a)提案手法の構成と(b),(c)動作原理を示す光強度波形 図1 (a)提案手法の構成と(b),(c)動作原理を示す光強度波形
図2 16,384値の光強度をもつ毎秒10ギガビットのY-00光通信量子暗号の発生 図2 16,384値の光強度をもつ毎秒10ギガビットのY-00光通信量子暗号の発生
■ 学会発表

国際会議「CLEO 2018 (Conference on Lasers and Electro-Optics 2018)」
K. Tanizawa, and F. Futami, “214 (=16,384) Level Intensity Modulation at 10 Gbaud for Y-00 Quantum Stream Cipher.”

■ 注釈・用語など
  1. Y-00光通信量子暗号
    2000年にNorthwestern大学のYuen教授により提案された「盗聴者が暗号文を正しく取得できない」ことを特徴とする光伝送向けの暗号。データ信号(平文)を、共有する鍵[(5)に示す暗号鍵]とそれを伸長する疑似乱数生成器を用いて多くの異なる光の強度や位相に変換することで暗号化する。光信号の受信時の光-電気変換で生じる不可避な雑音[(4)に示す量子雑音]の影響で、暗号鍵をもたない盗聴者は暗号文を表す光の強度や位相を正確に取得することができないという仕組みをもつ。このように、暗号としての秘匿効果が物理的に実現されている。
  2. 電気デジタル・アナログ変換デバイス
    0および1の組み合わせで表されるデジタル電気信号を、連続的なアナログ電気信号に変換するデバイス。通常、集積電気回路として提供される。
  3. 光強度
    光信号の強さ(パワー)。光伝送では、データ信号に応じてこの光強度を変えることでデジタル通信を実現する。
  4. 量子雑音
    電子や光子が粒子性をもつことに由来して生じる雑音。光伝送においては、光-電気変換で不可避に生じ、通信の性能限界を決める。
  5. 暗号鍵
    データ信号を暗号・復号化するために必要となるビット列(鍵)。Y-00光通信量子暗号においては、通常、送受信者が共有している同一の鍵を用いて暗号化・復号化を行う。
  6. 量子エニグマ暗号トランシーバー(TU Cipher-0)
    玉川大学が開発したY-00光通信量子暗号に基づく暗号通信用のトランシーバー。安全性を強化するランダム化機構が組み込まれている。全二重通信可能で、ギガビットイーサネット(GbE)信号と暗号を相互に変換するので、GbE通信回線の両端に本トランシーバーを導入すると、暗号通信によって回線を保護できる。19インチラック設置可能の幅で、高さは1U (約44 mm)。
  7. マッハツェンダ干渉計
    光の干渉を用いて光の位相差を強度に変換する構成および装置。光伝送ではデータ信号に応じて異なる光強度を発生させるための基本的な構成として用いられる。

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