【量子情報科学研究所】Y-00光通信量子暗号をマイクロ波無線通信に応用することに成功

2020.03.10

無線通信システムにおいて、光通信システムのY-00暗号に匹敵する高い秘匿性を実現

玉川大学量子情報科学研究所(東京都町田市玉川学園6-1-1 所長:相馬正宜)の谷澤健准教授と二見史生教授は、これまで同所が光通信システム向けに研究を推進してきたY-00光通信量子暗号(1)(以下、Y-00暗号)を無線通信に応用するための新たな信号発生方法を提案し、高速の無線信号を量子雑音(2)のもつ真にランダムな性質を用いて暗号化することに成功した。Internet of Things (IoT)の基盤として、近年益々高いセキュリティが求められている無線通信システムの安全性の飛躍的向上が期待される。
本成果の詳細は、2020年3月8日(日)から12日(木)まで米国カリフォルニア州サンディエゴで開催される国際会議OFC(The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition )にて発表される。

今回の成果

図1に示すように、光波にて暗号鍵(3)を用いて発生したY-00暗号を、光ヘテロダイン法(4)を用いて無線通信で通常用いられるマイクロ波(5)へと変換することで、無線信号を高い安全性で暗号化する手法を提案・実証した。
これまで、Y-00暗号では、量子雑音のもつ真にランダムな性質を用いて、光波の周波数帯において高い秘匿効果を実現してきた。光ヘテロダイン法は、この秘匿効果を維持したまま周波数を変換することができる。これにより、無線で用いられるマイクロ波の周波数帯(光波より3桁から6桁小さい)においても、光波と同等の高い秘匿効果を実現した。今回、12ギガビット毎秒の高速のデータを約30GHzの無線周波数にて暗号化し、アンテナを用いて送受信した後、暗号の復号化が正しく実施できることを、実験にて示すことに成功した。本成果を用いることで、図中に示すように、無線信号が物理的に傍受されたとしても、盗聴者がその内容を解析して正しいメッセージを解読することが困難となる安全な通信環境を実現できる。

図1  本研究成果により実現される暗号化された無線通信システムのイメージ 図1 本研究成果により実現される暗号化された無線通信システムのイメージ

背景

Society 5.0に代表される未来の社会では、IoTにより身の回りのあらゆるモノがインターネットにつながり、金融決済や個人情報等の多くの重要な情報がやり取りされる。これらの仕組みを基盤として支える情報通信システムのセキュリティ向上は、重要な社会課題である。玉川大学では、光通信システムの安全性を高めるY-00暗号の研究に基礎理論の確立から応用展開まで一貫して取り組んでいる。Y-00暗号では、データ(平文)を暗号鍵を用いて多くの異なる光強度/位相をもつ光信号(暗号)に変換する。隣接する光信号間の距離が極めて短くなると、受信時の光-電気変換で必ず生じる量子雑音の影響で、鍵をもたない受信者は平文を正確に復元することができない。量子雑音は真にランダムな性質をもち、避けることのできない物理現象である。よって、量子雑音による秘匿効果は、コンピュータ等の技術進展により破綻することがない。
この秘匿効果は、信号の周波数の平方根に比例する。光ファイバ通信システムで典型的に用いられる光波は200THz程度と極めて高い周波数をもつため、高い秘匿効果が実現される。一方、無線通信に用いられるマイクロ波の周波数は、光波と比較して3桁から6桁小さい。そのため、同等の秘匿性を維持した暗号化を行うことは、これまで困難であると考えられてきた。

実験実証の詳細

光波Y-00暗号をマイクロ波に変換して無線通信するための実験の構成を図2に示す。12ギガビット毎秒の高速のデータと暗号鍵から、約1550nmの波長にて光波Y-00暗号を発生する。次に、別のレーザから異なる波長の局発光を発生して、光波暗号と合波する。ここで、光波暗号と局発光の周波数の差を無線信号として送出したい所望のマイクロ波周波数に設定する。今回の実験では約30GHzとした。光ファイバを使って双方の信号をアンテナ近傍まで伝送し、フォトディテクタにより検波する。このヘテロダイン法により30GHzを中心周波数とする12ギガビット毎秒の暗号が発生する。このマイクロ波の暗号を、アンテナを用いて無線信号として送受信する。受信後、高周波ミキサによりベースバンドへ変換し、暗号の復号化を行った。
図3(a)に暗号化された無線信号のスペクトルを示す。周波数30GHzを中心としたマイクロ波の信号がヘテロダイン法により発生できていることが確認できる。図3(b)および(c)に受信した無線信号の振幅と位相を示すコンスタレーションを示す。図3(b)に示すように暗号化された無線信号は同心円状に配置されており、その位相をデータとして復号できない。暗号鍵を使った復号化により、図3(c)に示すように、信号点が4点に集約される。これら4点が00,01,10,11の2ビットのデータに相当するため、正しく復号できる。信号品質は、実用の基準を十分に満たしている。また、このとき、量子雑音による秘匿効果が得られることを理論的に示した。このように、十分な通信品質と安全性を両立した無線暗号通信システムを実現した。

図2  光波Y-00暗号をマイクロ波に変換して無線通信する実験構成 図2  光波Y-00暗号をマイクロ波に変換して無線通信する実験構成
図3 暗号化した無線信号の(a)スペクトル,(b)コンスタレーション,(c)復号後のコンスタレーション 図3 暗号化した無線信号の(a)スペクトル,(b)コンスタレーション,(c)復号後のコンスタレーション

今後の展望

今回の成果は、これまで実現が困難と考えられてきたマイクロ波帯の無線通信に、Y-00暗号の応用範囲を広げる画期的なものである。今後は、この成果を基盤として、様々な周波数帯の無線通信に、信号の傍受を量子雑音の効果によって防ぐ暗号技術を導入すること目指す。高いセキュリティをもつ通信システムを有線・無線の双方で統合的に実現し、IoTの発展に貢献する。

学会発表:

国際会議 OFC (The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition)
K. Tanizawa, and F. Futami, “Photonic Generation of Quantum Noise Assisted Cipher at Microwave Frequencies for Secure Wireless Links”

  • 注釈・用語など
    • (1)
      Y-00光通信量子暗号
      2000年にNorthwestern大学のYuen教授により提案された「盗聴者が暗号文を正しく取得できない」ことを特徴とする光伝送向けの暗号。データ信号(平文)を、共有する鍵((3)に示す暗号鍵)を用いて多くの異なる光の強度や位相に変換することで暗号化する。受信時の光-電気変換で生じる不可避な雑音((2)に示す量子雑音)の影響で、暗号鍵をもたない受信者が正確な光の強度や位相を取得することができない。
    • (2)
      量子雑音
      電子や光子が粒子性をもつことに由来して生じる雑音。真にランダムであるということが証明されている。光伝送においては、光-電気変換で不可避に生じ、通信の性能限界を決める。
    • (3)
      暗号鍵
      データ信号を暗号・復号化するために必要となる鍵となるバイナリデータ。Y-00暗号においては、通常、送受信者の間で共通の鍵を用いる。
    • (4)
      光ヘテロダイン法
      周波数の異なる光波を干渉させて、その周波数の差の周波数をもつ電磁波を発生する手法。一方を信号光、他方を局発光として、その周波数の差を適切に設定することで、取得したい信号成分を所望の周波数に変換することができる。通信やセンシング等、多くの場面で応用される。
    • (5)
      マイクロ波
      周波数300MHz(波長1m)から周波数300GHz(波長1mm)の電磁波。高速の無線通信において用いられる主要な電磁波の周波数帯が含まれる。