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目標に向けて行動を改善する大脳基底核の回路を解明!~意志決定と行動選択の仕組みの理解に一歩近づく~

2018.08.24

<この研究のポイントと展望>

  • 大脳基底核の直接路が望ましい行動の再選択、間接路は悪い結果の選択を切り替えることを解明した(世界初)
  • 心理学の基礎理論「行動は報酬と懲罰によって形成される」の脳内メカニズムの解明に近づく
  • 新観測技術「Multi‐Linc法」により多数の神経細胞の信号の伝導が観測できた
  • 大脳基底核の全容理解はパーキンソン病や動機づけ障害などの神経疾患の解明につながる

玉川大学脳科学研究所(東京都町田市/所長:小松 英彦)の野々村 聡 研究員、礒村 宜和 教授、木村 實 客員教授を中心とする福島県立医科大学、生理学研究所などの共同研究グループは、私たちが目標に向けて行動を改善する際に、大脳基底核の直接路が望ましい行動の再選択に、間接路は結果が悪い時に選択を切り替えることに、それぞれ関与していることを初めて明らかにしました。

この研究成果は、2018年8月24日(金)0時(日本時間)に米国の科学誌“Neuron”に掲載されました。

碁・将棋やスポーツで最適と思われる選択肢を試みて、結果が望ましければ再び試みるが、良くなければ別を選択するように、私たちは目標に向けた判断や試行錯誤によって行動を改善しています。ヒトの脳機能をイメージで捉える研究や動物の脳の刺激・破壊・活動記録の研究によって、このはたらきには脳の表面にある大脳皮質と深部にある大脳基底核が欠かせない役割を果たすことが知られています。しかし、大脳基底核の情報処理システムの主要な経路である直接路と間接路注1が目標と過去の経験をもとに判断・意志決定し、行動を選択・実行し、結果の良し悪しによって改善するしくみの理解は、技術的な困難さのために推測に留まっていました。
本研究では、従来の成果に最先端の技術を組み合わせることで、直接路は行動選択の結果報酬を得た場合にその行動を再び選択し、間接路は無報酬であった場合に選択を切り替えることを発見しました。BF Skinner (1938)の提唱で現代心理学の基礎理論「行動は報酬と懲罰によって形成される」の脳内メカニズムの解明に一歩近づくと共に、パーキンソン病や動機づけ障害などの神経疾患の病因・病態理解に繋がる成果となりました。

<実験方法>

直接路または間接路細胞に光受容体分子チャネルロドプシンを特異的に発現させることができる遺伝子組み換えラット(Tac1-Cre・ Drd2-Creラット)を独自に作成し、目標に向けた判断や試行錯誤によって行動を改善するモデルとして、前肢を使ったレバーの「押す」または「引く」を自分の意志で選択する行動課題をラットに行わせました(図1A)。レバーの押し引きは、一方の選択で8割の確率で報酬を得られ、他方の選択では2割の確率でしか報酬が得られないように設定されており、ラットは10回程度の試行錯誤を経て報酬確率の高い方を続けて選ぶようになります(図1B)。しかし、この報酬確率の関係は40回程度で突然入れ替えるように設定されており、ラットは報酬確率の変化に応じて行動選択を変化させる必要があります。

図1.実験方法(ラットの行動選択課題)
  • (A)
    頭部を固定した遺伝子組み換えラットによるレバーの「押す」・「引く」行動課題
  • (B)
    視覚刺激(GO)を合図にレバーを「押す」と、8割の確率で報酬を知らせる音と水が与えられる(残り2割は無報酬)。「引く」を選択すると報酬確率は2割(8割は無報酬)。

これらのラットの大脳基底核に多チャンネル電極を使う神経活動記録と細い光ファイバーを介する光刺激を組み合わせた新技術「Multi-Linc法」(マルチリンク法)注2を適用することによって、直接路と間接路細胞の活動を同定し解析する手法を確立しました(図2)。

図2.Multi-Linc法(マルチリンク法)による大脳基底核の直接路細胞と間接路細胞の同定

(A,B) Tac1-Creラットの線条体に多チャンネル電極と光ファイバーを刺入した。Bの写真は、チャネルロドプシン(ChRWR)を発現する直接路細胞とその投射線維の蛍光像(EGFP)。 (C, D, E) 光刺激で誘発された直接路細胞のスパイクと応答潜時。 (F) Drd2-Creラットの間接路細胞を同定するセットアップ。(G) 自発スパイクと刺激で誘発されるスパイクが衝突して消失すること(矢印)によって線条体から淡蒼球に投射する間接路細胞を同定する。 (H, I) 淡蒼球(GPe)刺激によって誘発されるスパイクの応答潜時。

<実験結果>

直接路細胞は選択後に報酬を得て次に同じ選択をする時に活動し、間接路細胞は期待した報酬が得られず次に選択を切り替える時に活動することが判明しました(図3,4)。

図3.直接路細胞と間接路細胞の活動の代表例

(A) 直接路細胞は、報酬を得たときに無報酬と比べて活動を増大させた(ラットは次に行動を再選択する)。 (B) 間接路細胞は、無報酬のときに活動を増大させた(次に行動の選択を切り替える)。

図4.直接路細胞と間接路細胞の活動比較

(A,B) 直接路細胞群では、報酬を得た後に次の行動を再選択した場合に活動が増大していた。 (C,D) 間接路細胞群では、無報酬で次の行動の選択を切り替えた場合に活動が増大していた。

実際に、光で直接路を刺激すると同じ行動を再選択する頻度が増大し、間接路を刺激すると選択の切り替えが増大することが再現され、直接路と間接路が伝達する信号が、望ましい行動の再選択と結果が悪い時の選択の切り替えを生み出すことを実証することができました(図5)。

図5.直接路と間接路の刺激による行動選択の変化

(A,B) 直接路を光照射で刺激すると、報酬を得た後に行動の選択を切り替える確率が減少した。 (C,D) 間接路を光照射で刺激すると、無報酬で行動の選択を切り替える確率が増加した。

<今後の発展>

この研究では、革新的な脳活動計測技術と神経回路特異的な遺伝子組み換え動物を応用して、大脳基底核の直接路と間接路が担う心理学の基礎理論「行動は報酬と懲罰によって形成される」の脳内メカニズムの糸口を解明しました。この成果を大脳基底核のしくみとはたらきの全容理解に向けた研究に繋げます。具体的には、大脳基底核のはたらきは、中脳から線条体に投射するドーパミン細胞によって強力にコントロールされ、その異常はパーキンソン病や動機づけ障害などの神経疾患を生じることが良く知られているので、直接路と間接路による意志決定と行動選択のはたらきがドーパミン投射によってどのように調節されるかを明らかにしたいと思います。

用語説明

  • 注1
    大脳皮質と大脳基底核と視床が形成するループ状回路において、大脳基底核の入口(線条体)から出口(淡蒼球内節・黒質網様部)へ直接または間接に結合する2大投射経路。拮抗的に作用すると想定されており、パーキンソン病の病態にも密接に関連しています。
  • 注2
    「スパイク衝突」という現象を利用して、ひとつの脳部位の多数の神経細胞の発生するスパイク放電が神経回路を介して別の脳部位(この場合には線条体から淡蒼球)に伝導することを同時に観測することができる新しい方法。

<掲載論文>

  • 論文タイトル:
    Monitoring and Updating of Action Selection for Goal-Directed Behavior through the Striatal Direct and Indirect Pathways
  • 和訳:
    目標に向けて行動選択をモニターし、更新する線条体の直接路と間接路

<本研究について>

玉川大学、福島県立医科大学、生理学研究所などの共同研究として、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「光遺伝学的に投射先を同定するマルチニューロン記録技術の開発」、科学研究費補助金、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業などの支援により実施されました。

<執筆者一覧>

玉川大学 脳科学研究所             野々村 聡
福島県立医科大学 生体情報伝達研究所      西澤 佳代
玉川大学 脳科学研究所             酒井 裕
生理学研究所 大脳神経回路論研究部門      川口 泰雄
福島県立医科大学 生体情報伝達研究所      加藤 成樹
北海道大学大学院医学研究院           内ケ島 基政
北海道大学大学院医学研究院           渡辺 雅彦
玉川大学 脳科学研究所/順天堂大学       山中 航
玉川大学 脳科学研究所/情報通信研究機構    榎本 一紀
生理学研究所 生体システム研究部門       知見 聡美
生理学研究所 生体システム研究部門       佐野 裕美
玉川大学 脳科学研究所             相馬 祥吾
玉川大学 脳科学研究所             吉田 純一
玉川大学 脳科学研究所             鮫島 和行
京都大学大学院医学研究科            小川 正晃
福島県立医科大学 生体情報伝達研究所      小林 和人
生理学研究所 生体システム研究部門       南部 篤
玉川大学 脳科学研究所             礒村 宜和
玉川大学 脳科学研究所             木村 實※†

責任著者 筆頭責任著者

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