玉川大学 研究所

玉川大学・玉川学園Webサイト
IEサポート終了のお知らせ

玉川大学・玉川学園webサイトTOPページリニューアルに伴い、Microsoft 社の Internet Explorer(以下、IE)のサポートを終了いたしました。本学園が運営するサイトをIEで閲覧した場合正しく表示されない恐れがございます。
皆様にはご不便をおかけしますが、別のブラウザを利用しての閲覧をお願いいたします。

【玉川大学脳科学研究所 研究成果】幼少期の運動経験が後年の認知機能を維持・増進させる脳内ネットワークと皮質構造の変化を解明 科学雑誌"NeuroImage"に論文を発表

2021.06.02

玉川大学脳科学研究所(東京都町田市 所長:坂上雅道)の松田哲也(まつだてつや)教授、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の石原暢(いしはらとおる)助教らは、幼少期における運動経験が後年の認知機能の維持・増進に関与する脳の神経ネットワークと皮質構造の変化を解明しました。本研究成果は、科学雑誌“NeuroImage”に5月23日(日)(オランダ時間)論文が掲載されました。

  • <掲載論文名>
    Childhood exercise predicts response inhibition in later life via changes in brain connectivity and structure
    • (和訳)
      幼少期の運動は脳内ネットワークと皮質構造の変化によって後年の反応抑制と関わる
  • <著者名>  
    Toru Ishihara, Atsushi Miyazaki, Hiroki Tanaka, Takayuki Fujii, Muneyoshi Takahashi, Kuniyuki Nishina, Kei Kanari, Haruto Takagishi & Tetsuya Matsuda
  • <掲載誌>  
    NeuroImage (DOI: 10.1016/j.neuroimage.2021.118196)

これまで、幼少期の運動が認知機能の発達を促すこと、その効果が中高齢期まで持続する可能性が示されていましたが、その背景にある脳の構造的・機能的変化は明らかにされていませんでした。本研究は、若年成人〜高齢者を対象に、幼少期の運動経験と後年の認知機能の関係およびその背景にある脳の機能的・構造的変化を詳しく調べました。

この研究のポイント

  • 児童期(12歳まで)に運動経験を有する人は後年の認知機能が高いことが示されました。
  • 一方で、思春期以降の運動経験と認知機能の間に関係は認められませんでした。
  • 児童期の運動経験と認知機能の関係は、脳内ネットワークのモジュール※1分離、左右半球間の構造的結合の強化、皮質の厚さの増大、神経突起のちらばりと密度の減少によるものであることが示唆されました。
  • 環境や経験に依存した脳内ネットワークの形成に敏感な児童期に運動を行うことで、脳内ネットワークの最適化が促され、後年の認知機能の維持・増進につながると考えられます。

研究の背景

過去10年の研究から、幼少期の運動は認知機能の発達を促すことが示されてきました。最近では、その効果が中高齢期まで持続することが示唆されています。しかしながら、幼少期の運動が後年の認知機能の維持・増進に関係する脳の機能的・構造的変化は明らかにされていませんでした。本研究では、幼少期の運動経験と後年の認知機能の関係を調べ、その関係の背景にある脳の構造的・機能的変化を磁気共鳴画像法(MRI)を用いて明らかにしました。

実験方法

214名の若年成人〜高齢者(26〜69歳)を対象に、幼少期の運動経験と認知機能の関係およびその関係に関わる機能的・構造的脳内ネットワークと皮質構造を調べました。幼少期の運動経験を質問紙で調査しました。認知機能の1つである反応抑制(不適切な行動を抑止する機能)をGo/No-Go課題を用いて測定しました。磁気共鳴画像法(MRI)を用いて得られた脳画像データを解析し、脳の構造的・機能的領域間結合※2、皮質の厚さ、髄鞘化、神経突起の方向散乱の程度と密度の指標を算出しました。各脳機能・構造指標は、米国Human Connectome Project※3の研究によって360に分割された領域毎に取得しました。統計分析の際には、質問紙調査から得られた対象者の学歴、両親の学歴、きょうだいの有無、大人になった後の運動経験などの交絡因子を統計学的に制御しました。

実験結果

まず、幼少期の運動経験の有無とGo/No-Go課題の誤答率の関係を分析しました。その結果、児童期(〜12歳)に運動経験を有していた対象者は運動経験を有していなかった対象者と比較して、誤答率が低いことがわかりました(図1)。また、児童期の運動経験と誤答率の関係は、対象者の年齢にかかわらず認められました。一方、思春期以降の運動経験は課題成績と関係が認められませんでした。

図1. 幼少期の運動経験とGo/No-Go課題の誤答率の関係

次に、児童期の運動経験を有している人のGo/No-Go課題の誤答率と関わる脳の構造的・機能的領域間結合を調べました。その結果、脳の構造的領域間結合に関しては、児童期の運動経験を有している人は、Go/No-Go課題の誤答率と正の相関関係を示す結合(図2A赤色の結合)と負の相関関係を示す結合(図2A青色の結合)が認められました。Go/No-Go課題の誤答率と正の相関関係を持つ構造的領域間結合の大半(73%)は大規模ネットワーク間の結合でした(図2B左)。一方、Go/No-Go課題の誤答率と負の相関関係を持つ構造的領域間結合の大部分(88%)が左右の半球間の結合でした(図2B右)。機能的領域間結合に関しては、児童期の運動経験を有している人では、Go/No-Go課題の誤答率と正の相関関係を示す結合(図3A赤色の結合)が認められましたが、負の相関関係を持つ結合は認められませんでした。Go/No-Go課題の誤答率と正の相関関係を持つ領域間結合の大部分(91%)は、大規模ネットワーク間の結合でした(図3B左)。児童期に運動経験を有していなかった人ではGo/No-Go課題の誤答率と関わる脳の構造的・機能的領域間結合は認められませんでした。最後に、児童期の運動経験を有している人のGo/No-Go課題の誤答率と関わる脳の皮質構造指標を調べました。その結果、児童期の運動経験を有している人では、脳の皮質厚とGo/No-Go課題の誤答率の間に負の相関関係が認められ、神経突起の方向散乱の程度ならびに密度とGo/No-Go課題の誤答率の間に正の相関関係が認められました。以上の結果から、児童期に運動経験を有している人は、ネットワークのモジュール分離と左右半球間の構造的結合の強化によってGo/No-Go課題の誤答率を減らしていることを示唆しました。

図2. 児童期の運動経験を有する人特有に認められるGo/No-Go課題の誤答率と関わる構造的領域間結合
図3. 児童期の運動経験を有する人特有に認められるGo/No-Go課題の誤答率と関わる機能的領域間結合

研究支援

本研究は、文部科学省新学術領域研究(研究領域提案型)「脳・生活・人生の統合的理解にもとづく思春期からの主体価値発展学」(領域代表:笠井清登)、日本医療研究開発機構(AMED)「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」、日本学術振興会科研費による助成を受けて行われたものです。

研究グループ

  • 神戸大学大学院人間発達環境学研究科 
    助教 石原 暢 (いしはら とおる)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    嘱託職員 宮崎 淳 (みやざき あつし)(現:早稲田大学助教)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    日本学術振興会特別研究員PD 田中 大貴(たなか ひろき)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    特任助教 藤井 貴之(ふじい たかゆき)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    特任准教授 高橋 宗良(たかはし むねよし)(現:玉川大学工学部准教授)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    研究員 金成 慧(かなり けい)(現:宇都宮大学工学部助教)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    研究員 仁科 国之(にしな くにゆき)(現:大阪大学助教)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    准教授 高岸 治人(たかぎし はると)
  • 玉川大学脳科学研究所 
    教授 松田 哲也(まつだ てつや)
  • 補足説明
    • ※1
      モジュール
      あるシステムを構成するまとまりのある機能を持った構成単位のことを指す。ヒトの脳は明確なモジュール構造を持ち、複数の領域から構成されるいくつかの大規模ネットワークに分離されることが示されている。
    • ※2
      構造的・機能的領域間結合
      脳の領域間の構造的・機能的な関係を指す神経科学分野で用いられる用語。構造的領域間結合は解剖学的な神経繊維のつながりを指し、機能的領域間結合は神経活動パターンの類似性を指す。
    • ※3
      米国Human Connectome Project
      ヒトコネクトームの解明に向け、北米で2012年に開始された大規模研究プロジェクト。

シェアする