【量子情報科学研究所】デジタルコヒーレント方式Y-00光通信量子暗号を敷設光ファイバ回線TAMA net #1にて実証

2019.02.05

概要

玉川大学 量子情報科学研究所の谷澤 健 准教授と二見 史生 教授は、Y-00光通信量子暗号(1)(以下、Y-00暗号)に近年商用の光伝送システムで用いられているデジタルコヒーレント方式(2)を導入し、玉川学園キャンパス内に敷設された実験用光ファイバ回線(TAMA net #1)の伝送に成功した。今回の実験では、毎秒10ギガビットの高速のデータを、217(=131,072)値のランダムな異なる光位相をもつY-00暗号に変換し、屋外に敷設されており実際の光ファイバ回線と同じように環境変動のあるTAMA net #1の一部である240kmを伝送した。デジタルコヒーレント方式の導入により、高い通信品質を確保した安全な高速通信を実現した。Y-00暗号による高速のセキュア長距離光ファイバ伝送システムの実現に向けた第一歩である。
本成果の詳細は、2019年2月2日から7日まで米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催される国際会議「SPIE Photonics West 2019」の招待講演にて発表する。

研究成果

Y-00暗号に、現在の光伝送システムで用いられるデジタルコヒーレント方式を導入し、玉川学園キャンパス内に敷設された実験用光ファイバ回線(TAMA net #1)にて実証実験に成功した。TAMA net #1は屋外に敷設されており、実際の光ファイバ回線と同じような温度や振動などの環境変動があるため、Y-00暗号の通信品質を評価する重要な試験となる。毎秒10ギガビットの高速のデータ信号を、極めて大きな217(=131,072)値の異なる光位相をもつY-00暗号に変換し、TAMA net #1の一部である全長240kmの光ファイバ回線を伝送した。そして、この暗号をデジタルコヒーレント方式により受信した。安定したコヒーレント光受信(3)を実現する位相推定や光信号の歪補償等のためのデジタル信号処理(4)に加えて、Y-00暗号の復号化処理をデジタル領域で実装し、高い通信品質を実現した。デジタルコヒーレント方式Y-00暗号では、通信速度や品質に代表される通信性能と量子雑音(5)の効果に基づく安全性を高いレベルで両立することができる。また、今回の成果から、伝送可能距離は、暗号化を行わない既存の毎秒10ギガビットの光伝送システムに匹敵するということもわかり、今後さらなる長距離の伝送システムへの展開が期待できる。

背景

ネットを利用したアプリケーションが我々の生活に深く浸透し、近年は電子マネー等の決済や個人情報のやりとりを含むような重要なサービスにも用いられるようになってきている。これらのアプリケーションを支える情報通信システムのセキュリティ向上は、重要な社会課題である。玉川大学では、光通信の伝送路の安全性を高めるY-00暗号の研究に基礎理論の確立から応用展開まで一貫して取り組んでいる。Y-00暗号では、データ(平文)を暗号鍵(6)を用いて多くの異なる光振幅/位相をもつ光信号(暗号)に変換する。隣接する光信号間の距離が極めて短くなると、受信時の光-電気変換で必ず生じる量子雑音の影響で、鍵をもたない受信者は正確な平文を復元することができない。この量子雑音による秘匿効果は物理現象であるため、コンピュータ等の技術進展に影響を受けず不変であるという特徴をもつ。
一方、既存の光ファイバ通信システムでは、コヒーレント光受信とデジタル信号処理を組み合わせたデジタルコヒーレント方式が2010年頃より急速に進展してきた。安定的なコヒーレント光受信と伝送により生じる光信号の歪補償などが、デジタル領域で実現できるようになり、毎秒100ギガビットを超えるような高速の光ファイバ伝送システムが実現している。デジタルコヒーレント方式は、現在商用の長距離光伝送システムにおいて主流となっている。

実験実証の詳細

Y-00暗号のTAMA net #1伝送実験の構成を図1に示す。送信機では、平文データと秘密鍵から217(=131,072)値の異なる光位相をもつ毎秒10ギガビットのY-00暗号を生成する。通常の暗号化を行わない光信号は、光の振幅と位相の状態を表す複素平面(IQ平面)で0と1を示す2点で信号が表されるのに対して、暗号化によりこの平面で同心円状の217点に信号が配置される。この暗号化された光信号を40kmごとに光増幅を行い、240km伝送した。伝送路は、図中に詳細を示す通り、玉川学園キャンパス内に実際に敷設された光ファイバ回線である。受信機では、コヒーレント受信した後、デジタル信号処理が施される。まず、伝送による光信号の歪を補償し、その後、秘密鍵を使って暗号の復号化を行い、最後に、位相の推定・補償を行うことで、217値の位相を0と1を示す2値の位相に再変換する。
図2に受信した信号のIQ平面での様子(コンスタレーション)を示す。暗号化された光信号は同心円状に配置されてドーナツ状であるのに対して、復号化により0と1を示す2点に信号が集約される様子が分かる。実用の基準となる通信品質を十分に満たしている。このとき、量子雑音による秘匿効果が得られることを理論的に確認した。このように、十分な通信品質と安全性を両立した暗号伝送システムの構築が可能である。

図1 Y-00暗号のTAMA net #1伝送実験の構成
図2 受信光信号のコンスタレーション

学会発表

国際会議「SPIE Photonics West 2019」
K. Tanizawa, and F. Futami, “Digital-coherent PSK Y-00 quantum stream cipher for secure fiber-optic transmission.”

注釈・用語など

  1. Y-00光通信量子暗号
    2000年にNorthwestern大学のYuen教授により提案された「盗聴者が暗号文を正しく取得できない」ことを特徴とする光伝送向けの暗号。データ信号(平文)を、共有する鍵[(6)に示す暗号鍵]を用いて多くの異なる光の強度や位相に変換することで暗号化する。受信時の光-電気変換で生じる不可避な雑音[(5)に示す量子雑音]の影響で、暗号鍵をもたない受信者が正確な光の強度や位相を取得することができない。
  2. デジタルコヒーレント方式
    2010年頃より急速に進展した光信号受信方式であり、光の振幅と位相を測定する技術[(3)に示すコヒーレント光受信]とデジタル領域での様々な信号処理[(4)に示すデジタル信号処理]を組み合わせて実現される。高い受信感度に加えて、偏波領域での多重信号や多値の光変調信号が復調できるため、高い通信性能を実現することができる。
  3. コヒーレント光受信
    信号光と受信機に設置されたレーザー光(局部発振光)とのビートを検波する(光ヘテロダイン検波やホモダイン検波と呼ばれる)ことで、信号光の光振幅と位相を測定する技術。
  4. デジタル信号処理
    アナログ信号をデジタル信号に変換した後に行う信号処理の総称。デジタルコヒーレント方式の光通信では通信品質を向上するために、偏波成分の分離、線形歪の等価、位相の追尾などの信号処理が行われる。
  5. 量子雑音
    電子や光子が粒子性をもつことに由来して生じる雑音。光通信においては、受信側の光-電気変換で不可避に生じ、通信の性能限界を決める。
  6. 暗号鍵
    データ信号を暗号化・復号化するために必要な鍵。0と1からなるバイナリデータから構成される。Y-00暗号においては、通常、送受信者の間で共通の鍵を用いて暗号化と復号化を行う。