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史上初・量子情報科学分野にノーベル賞

2012.10.16

注目度とニーズが高まる量子情報科学の
研究をリードする玉川大学量子情報科学研究所

量子情報科学の発展に大きく寄与したS・アロシュ博士とD・ワインランド博士。
ノーベル物理学賞の受賞が決まった2人の研究者は、
かつて玉川大学が創設した国際賞の受賞者でした。

2002年量子通信国際賞授賞式
セルジュ・アロシュ氏と並ぶ写真
左:広田教授 左から2人目:アロシュ氏

2012年のノーベル賞が発表され、山中伸弥博士が医学・生理学賞を受賞したニュースは各種の報道でご存知の方も多いでしょう。物理学賞はフランスとアメリカの研究者が受賞したこともあってか日本ではそれほど大きく報じられませんでしたが、物理学研究の分野にとってはビッグニュースでした。ノーベル物理学賞史上初めて量子情報科学分野が選ばれたのです。

受賞したのは、仏高等教育機関コレージュ・ド・フランスのセルジュ・アロシュ博士と米国立標準技術研究所のデビッド・ワインランド博士。「量子現象の人為的操作を実験的に実証した」功績が認められてのことでした。物質の最小単位である量子の世界における不思議な現象を操作したり、その性質を観測する方法を発見し、それを実験によって実証し、量子コンピュータの実現への道を拓いたのです。今回受賞した2人は、ともに玉川大学が創設した「量子通信国際賞」を受賞しており、ワインランド博士は2000年、アロシュ博士2002年に「量子通信国際会議」において授与されています。今回のノーベル賞委員会はこの時と同じ受賞理由を挙げています。

Future Sci Tech Lab
量子情報科学研究所 実験施設

玉川大学では、世界に先駆けて量子情報および量子通信の基礎理論を1980年代から研究し、2011年4月に量子情報科学研究所を開設しています。同研究所には、最先端科学技術である量子情報科学の基礎研究を推進する「量子情報科学研究センター」と、量子情報理論の成果から導き出された新原理や新手法を産業界など社会において有益な技術に発展させる研究開発を行う「超高速量子通信研究センター」を設置しています。そこからの成果として近未来に実用化が期待される光通信量子暗号が発明され、現在、国内外の企業と共同開発が進められています。

10年先を歩いていた玉川大学の研究

広田修教授 著書

その研究の中心的な役割を果たしているのが量子情報科学研究所の所長を務める広田修(ひろたおさむ)教授です。広田教授は、1970年代半ばから量子通信の基礎研究を開始し、世界の量子情報科学の発展に寄与してきました。また、ノーベル物理学賞を受賞した2人の研究者とも交流があります。その広田教授に玉川大学における量子情報科学、量子通信についてお話を伺いました。

「玉川大学では、25年前から量子情報科学の研究をスタートしていました。アロシュ博士とワインランド博士はそれぞれ量子の特性を保持・操作する方法を提案していますが、私たちはそのような概念が情報科学にどのように貢献するか理論的に研究を進めていました。しかし、原子などのミクロな物質はその状態を保持することが難しく、量子情報理論で、その有益な現象を説明できても、その実験・実証方法がわからないままだったのです。アロシェ博士は共振器を用いて光子(光の粒子)を閉じ込めることで光子の特異な性質の操作を可能にしました。また、ワインランド博士は並列に並べたイオン(電子を失ったり受け入れたりして、電荷を持った原子や分子)の揺らぎをレーザーを用いて止め、多数のイオンに量子的特異性を与えることを可能にしました。量子的特異性とは、ある特性とそれと相反するもうひとつの特性が重なり合った状態といえるもので、シュレーディンガーの猫状態とも言われています。しかし、この状態は外的要因によって崩れやすく、観測することでさえ崩壊させる要因となってしまい、そこから先に進むことができずにいたのです。しかし、両博士の研究によりその特性を安定的に保持・制御することが可能になり、量子コンピュータの実験的基盤が形成されたのです」。

計算技術が進めば、暗号技術も必要

日本初の量子通信に関する論文
(1977年)

では、私たちの生活レベルで考えると、どのようなことにかかわりがあるのでしょうか? もっとも顕著な例がパソコンなどのデジタル機器でしょう。2進法を用いるコンピュータが扱うデータはビットと呼ばれる最小単位を、従来のコンピュータでは“0”または“1”の2通りで表示していますが、量子コンピュータはビットが“0でも1でもある”状態を使います。それが量子ビットと呼ばれるものです。ビットが10個並んでいるとしたら、従来のコンピュータでは10個それぞれの2通りの組み合わせ─“0000000000”から“1111111111”までを1つずつしか処理できないのに対して、量子コンピュータは“0000000000”も“1010101010”も“1110001100”も“111111111”も同時に処理ができるので、超高速化が可能となります。

暗号通信装置の特許証

「玉川大学ではこのような処理が実験で可能になることを期待していました。アロシュ博士、ワインランド博士との交流は両博士のグループが原理実験を発表したときからでした。この実験をどう活かすかということで、『量子通信や量子暗号、量子コンピュータに応用できる』ということを2人に提案しました。アメリカでは量子ビットを100個並べる実験をしていますが、日本ではわずかに2つを並べている段階です。欧米のレベルから20年も後れを取ってしまっています。2人の業績は量子コンピュータ、量子情報科学分野の進展に大きく貢献しました。今回のノーベル賞の受賞をきっかけに、研究が加速するのではないかと言われています。実用化は来世紀と考えられていましたが、30年分くらい前倒しになるのではないでしょうか」と語る広田教授。

量子コンピュータの研究が進めば、新たな問題も顕著になります。それは、文書等の内容を秘匿する暗号といわれる技術が危険になるということです。

玉川大学方式 量子暗号に関する論文(2005年)
Physical Review:
アメリカ物理学会が発行する学術雑誌

「従来は処理に膨大な時間がかかることで安全性を確保してきましたが、量子コンピュータでは瞬時に処理できるため、暗号が解読できてしまうのです。量子コンピュータと量子暗号は対なものとして両方が進展しなければなりません。もし量子コンピュータがリードしてしまえば、危惧が現実のものとなります。むしろ量子暗号が先んじているべきでしょう。量子コンピュータも量子暗号もそれぞれに理論限界はありますが、今後主流となるクラウドコンピューティングの超高速化や安全性の担保に重要な役割を果たすでしょう。このように量子情報科学は、コンピュータ、通信、暗号のいずれに応用するとしても原理原則は同じです。ただし、これからはそれぞれの専門家が必要でしょう。その研究者を育成する原点ともいえるのが“量子通信国際会議”だったのです。その果たした功績は大きく、世界では“この分野のファウンダー”とさえ言われています。玉川大学は会議の創設に携わり、現在は運営を国際運営委員会に委譲しています」と語る広田教授は、終身名誉会長として量子通信国際会議の活動に関わっています。

実用化をめざした研究の成果は着々と

玉川大学が主催した量子通信国際会議
会議論文集(第1回~第10回目)

1990年に開催された第1回量子通信国際会議では、量子暗号はあまりクローズアップされませんでしたが、1996年頃から増加し始めました。玉川大学量子情報科学研究所でも量子暗号分野に力を注ぎ、盗聴できない通信システムの実現に向けた暗号の研究開発を推進しています。2012年には巨視的量子効果を用いた物理暗号「Y-00」の実現法として電流変調を用いた実験検証に世界で初めて成功、ライター程度の大きさまで小型化できる見通しがたちました。

今後の展望について広田教授に伺ったところ、「量子コンピュータには商業性は必要ありません。政府や国防など国家機密を集約・集積するために一国に1つあれば良いでしょう。現在の最高技術を投下したスーパーコンピュータに置き換わるであろうものです。しかし、量子暗号は商業性が重要です。情報が一極集中すれば、サイバー攻撃など通信の安全性が最重要となるからです。高度情報化が進む現代では、データセンターを数か所設け、それらが通信網で結ばれるようになります。さまざまな情報が各データセンターに蓄積され、1箇所のデータを変更すれば、瞬時に他のデータセンターの情報も更新されます。こうした高度ネットワークの盲点は、データセンターへの侵入ではなく、通信網の途中で情報がインターセプトされることなのです。世界的な企業でさえ、重要な情報が盗まれ一瞬にして会社がつぶされてしまうリスクがあるのです。

また、個人レベルで考えても、パソコンに各種のソフトウエアをインストールして管理していた時代から、ソフトもデータも外部のネットワーク上で管理し、手元にある情報端末でそれらを呼び出し使用するクラウドコンピューティングにシフトしていくでしょう。その情報が行き交うラインをどうカバーするかが大切になってきます」とのことでした。

現在、玉川大学では、米国ノースウエスタン大学が米国国防高等研究計画局のプロジェクトで開発した量子暗号を民間の100ギガビット毎秒の光通信の安全性確保に転用する研究が進められています。この研究の成果により、やがて民間技術となる日が必ずや訪れるでしょう。また、年間に多数開催される国際会議での研究成果の発表も行われています。“ファウンダー”だからこそ実現できる実用化をめざした研究は、ますます加速していきそうです。

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