「Nature発表の新方式(信号擾乱検出なし)量子鍵配送の脆弱性証明に成功」

2014.05.26

不確定性原理によって安全性を保証する量子鍵配送技術は、暗号学に基づく定量的な安全性評価において欠陥を持つことが指摘されてから、その不確定性原理による信号擾乱を検出する方式を捨て、情報因果律などを採用する方式がNatureなどの論文誌で提案されるようになった。玉川大学量子情報科学研究所(所長:広田修)の加藤 研太郎准教授と岩越 丈尚助教はノースウエスタン大学のYuen教授と協力し、それらの新しい方式は従来技術と同様、実用性のある安全性が保証されないことを指摘し、さらに、その方式では伝送速度がゼロになる事を証明する事に成功した。この結果に関する本学の成果は平成26年8月と9月にサンディエゴやアムステルダムで開催されるSPIE国際会議で発表する。

【今回の成果】
量子鍵配送技術の安全性の根拠は、単一光子などの微弱な光信号を盗聴者が測定しようとする際に不確定性原理などにより擾乱が起こり、その擾乱の計量値を基に秘密増幅などの処理を実行することによって送受信者間で共有したビット系列の安全性(一様乱数性)を保証するものであった。しかし、本研究所は、その安全性を保証する評価理論はNielsenの本(1)に記載されている理論を誤用していることを指摘してきた。その結果、従来の量子鍵配送は従来の暗号技術よりはるかに弱い、すなわち、共有される鍵系列は一様なランダム性を持つことが無く、非常に強い相関を持つことを証明している。一方、最近、光子信号への擾乱量の検出なしのプロトコルなどが提案されるようになった。しかし、今回、玉川大学グループは上記の新しいプロトコルの安全性もまた、これまで本研究所が解明してきた理論に従うことを証明し、それらの安全性はほとんど無いに等しいことを示した。この成果は平成26年8月と9月に開催されるSPIE国際会議で発表する。また、更に詳細な結果はノースウエスタン大学のYuen教授のQuantum Information Processing(Springer)に掲載される論文で発表される。

  1. M.Nielsen and I.Chuang, “Quantum Computation and Quantum Information”,
    Cambridge University Press, 2000.

論文名
“T.Iwakoshi and O.Hirota, Problem with Interpretation of Trace Distance in Quantum Key Distribution”
“ H.P.Yuen, Some Physics and System Issues in the Security Analysis of Quantum Key Distribution Protocols”

資料

背景

近年、研究機関の報道に過大な表現が散見され、科学者自身による成果表現の精査が必要となっている。特に、
(a)レーザーネットワーク量子コンピュータ、
(b)小澤不等式、
(c)量子鍵配送、
などには多くの疑念が提出され、論争が開始されているのは周知であり、学会での真摯な議論が求められている。ノースウエスタン大学を中心とする理論グループは、量子情報関係の理論的問題の検証作業を進めており、特に量子鍵配送の基本理論とその実験検証については、大きな欠陥と誤りがあり、その安全性は従来の暗号の性能以下であることを、繰り返し解説してきた。上記課題の(a)や(b)に関してはMIT,ヨーク大学、ライプニッツ大学などとの連携で検証作業を進めている。
今回、最近、Natureに発表された「擾乱を用いない量子鍵配送」(1)論文は警鐘を無視し、多くの誤りを含んでいる事を検証し、当該論文の誤りと、その一般社会向けへの成果報告の齟齬を解明した。

擾乱を用いない量子鍵配送の安全性の欠如に関する解説

上記論文の問題点を簡単に解説する。まず、この論文では、どれだけの効率で鍵系列を伝送できるのかが主題となっており、その鍵系列の安全性の定量的評価を解析する式もなければ、詳細な分析もない。本来、暗号の論文であれば、どれほどの安全性の下でどれだけの効率で鍵系列が伝送されるかを明記することが必須である。提案しているシステムの安全性に関しては、既存の理論論文を引用するにとどまっており、ノースウエスタン大学と玉川大学が解明した既存理論の誤りに関する論文(2,3,4,5)に言及せず、これまでの概念をそのまま継承している。さらに、効率を表す論文(1)中の式(1)は正確な根拠がなく、推量でしかない。特に、盗聴者がプローブから得るであろう情報が全く考慮されず、誤り訂正符号や秘密増幅符号から漏れる情報も考慮されていない。これらをこの論文が想定するシステム条件で考慮すれば、効率はゼロになることが導ける。このように、量子鍵配送と言う暗号学的機能の論文でありながら、全く暗号学的な考察が無いことが科学論文としての問題点である。さらに、安全な鍵の伝送速度に格段の進歩が期待できるとう成果報道の内容は、本証明によって、正しくないことが示された。

詳細理論のポイント説明

量子鍵配送の安全性は実際に実装された装置での配送鍵に対応する量子状態列と真にほしい理想的な鍵系列に対応する量子状態列との差を評価するトレース距離と呼ばれる評価関数によって記述される。これらの量子状態列に対する具体的な量子測定によって実際の場合の配送鍵に関する結合確率分布と理想形の確率分布が決まる。それらに対して統計距離あるいは変動距離と呼ばれる両分布関数の近さが定義され、その値は量子系のトレース距離によって上から押えられる。この統計距離の値が暗号学的にどのような意味を持つかが、最大の論点となっている。2つの確率変数についての識別不可能性を議論する際に、この統計距離が2つの確率変数が一致しない確率に等しいとするのが量子鍵配送グループの主張である。
しかし、統計距離と確率変数間の不一致確率の関係はカップリング定理と呼ばれる数学的な一般論によって関係づけられている。古典の情報理論や暗号理論において、特殊な状況設定おいては、統計距離が2変数の不一致確率を与えるモデルが議論されていることは否定しないが、量子鍵配送における先の結合確率が規定されるモデルは、そのような状況のモデルと全く異なり、そこでの結論を量子鍵配送のモデルに無条件で採用する事は数学的に許されないとするのが本学の主張である。その結果、量子鍵配送における統計距離は従来の意味付けとは全く異なる意味が必要となることを示すことができる。詳細は文献(6)で紹介される。
さらに実験研究者の立場からも同様の議論ができる。実験系をどのように作成しても、1万ビットの生成鍵に対して、それが一様性(完全ランダム性)とならない確率はほぼ1である。ところが、量子鍵配送で議論される統計距離の値は10のマイナス10乗程度である。したがって、統計距離のような値を持って一様性と一致しないと主張する事は、そのような実験系などはもともと存在しないので、量子鍵配送において、統計距離に対して、理想形と一致しない確率という意味付けをすること自体、意味を持ちえないことが解る(7)。

文献

  1. T.Sasaki, Y.Yamamoto, M.Koashi,“Practical quantum key distribution protocol without monitoring signal disturbance”, Nature, vol-509, 22 May, 2014.
  2. H.P.Yuen, “Fundamental quantitative security in quantum key distribution”,
    Physical Review A, 82, 062304, 2010.
  3. H.P.Yuen, “On the nature and claims of quantum key distribution”,
    Open Lecture of Tamagawa University Quantum ICT Institute, 5 December, 2013.
    URL. http://www.tamagawa.jp/research/quantum/openlecture/
  4. O.Hirota, “Incompleteness and limit of quantum key distribution”,
    Quantum ICT Research Institute Bulletin, vol-2, 2012.
    URL. http://www.tamagawa.jp/research/quantum/bulletin/2012.html
  5. 加藤研太郎, “QKDのトレース距離基準での最大失敗確率解釈は成立しない”,
    量子情報ミニワークショップ(愛知県立大主催)、2月、2014.
  6. K.Kato, “General theory of coupling theorem and its application to quantum key distribution”, Quantum ICT Research Institute Bulletin, vol-4, 2014, to be published.
  7. 岩越、広田、”トレース距離を量子鍵配送の失敗確率と解釈における課題”、
    第30回、量子情報技術研究会資料、pp25-30, 2014

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