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【玉川大学・京都産業大学 共同研究成果】セイヨウオオマルハナバチが北海道の在来種マルハナバチと交雑―特定外来生物のもたらす繁殖干渉とそのメカニズムを解明―

本学学術研究所ミツバチ科学研究センター特別研究員の久保良平博士(兼任:農学部生産農学科非常勤講師)と大学院農学研究科の小野正人教授(学術研究所所長)、そして京都産業大学生命科学部の高橋純一准教授らの研究グループは、在来種ポリネーターの減少原因が、外来生物による繁殖干渉であることを分子生態学・化学生態学的手法により解明しました。本研究の成果は、学術雑誌 Scientific Reportsに、2023年7月17日付のオンライン版で公開されました。

2023.07.31

研究の背景

1980年代にセイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)の室内での大量増殖方法が発明され、欧州でトマトなどの施設栽培作物の授粉用に商品化された巣箱の販売が開始されました。マルハナバチの利用技術は、農産物の生産体制の中において、労力の削減、減農薬栽培、秀品率の向上をもたらし瞬く間に広がっていきました。日本には1991年12月に主に施設トマトの授粉試験用としてベルギーから輸入され、その翌月の1992年1月にはオランダからの輸入が開始され、本格的な使用が始まりました。日本でもその需要はうなぎ上りで、その利用対象もナス、イチゴ、メロンといった果菜類への展開をみせ、セイヨウマルハナバチの国内生産に踏み切る企業も現れました。輸入開始後わずか10年間で、国内で利用される巣箱の数は、年間70,000箱を越え、一大ブームとなりました。その一方で、もともと国内には分布しておらず勢力旺盛なセイヨウオオマルハナバチが施設から逃げ出して、日本の山野に野生化した場合、日本在来のマルハナバチに与える負のインパクトや延いては植物の繁殖にも悪影響を与える生態学的な観点からの懸念も指摘されていました(加藤 1993、小野1994、小野 1998)。
玉川大学では、1980年代の後半より日本在来種マルハナバチを室内で飼育して研究に資する取り組みを行っており、農業への利用も在来種を増殖して進めることを提唱していました(小野 1996、小野・和田 1996、小野 1998)。同時に、セイヨウオオマルハナバチが日本在来種に与える負のインパクトとして、異種間の交尾、巣の乗っ取りなどが起こることを実験的に明らかにしてきました(Ono 1997)。さらに日本在来種マルハナバチがトマトの授粉に機能することなど応用面での知見も累積されてきました(Asada and Ono 1996)。
セイヨウオオマルハナバチの生態系における負のインパクトが具体的に示される中で、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法:2005年制定)により2006年に特定外来生物に指定され、法的に取り締まられるようになりました。2010年には日本応用動物昆虫学会が編纂するApplied Entomology and Zoologyにセイヨウオオマルハナバチの様々な生態リスクが特集として報じられるに至っています(Goka 2010)。

概要

現在、セイヨウオオマルハナバチは日本各地の野外で目撃され、北海道には定着したとみなされています。大雪山系などの特有の生態系をもつ国立公園内でも確認されており、在来のマルハナバチや植物の繁殖への影響が懸念されています。その中でも根室半島などの限られた地域にのみ局地的に分布しているノサップマルハナバチに対するセイヨウオオマルハナバチの影響は危惧されていました。
そのような背景の中で、本学学術研究所ミツバチ科学研究センター特別研究員の久保良平博士(兼任:農学部生産農学科非常勤講師)と大学院農学研究科の小野正人教授(学術研究所所長)、そして京都産業大学生命科学部の高橋純一准教授らの研究グループは、北海道根室半島におけるセイヨウオオマルハナバチ(図1右、bt)と在来マルハナバチ2種間の繁殖干渉頻度とその仕組みを調査しました。その結果、1)セイヨウオオマルハナバチの雄蜂とエゾオオマルハナバチ(図1中央、bhs)、ノサップマルハナバチ(図1左、bcf)の女王蜂が交雑している事、2)雄蜂の性フェロモンの類似性により交信攪乱が起こっている事が明らかになりました。セイヨウオオマルハナバチの雄蜂と交雑した日本在来種は、子孫を残すことができません。セイヨウオオマルハナバチの野生化が顕著な北海道では、分類上近縁種であるエゾオオマルハナバチと、根室半島と野付半島の局地的に生息する希少種ノサップマルハナバチの個体数が減少しており、本研究はそれを裏付けるセイヨウオオマルハナバチの生態リスクを実証した貴重な報告となりました。特定外来生物による繁殖干渉が、在来種ポリネーターの減少をもたらしている証拠と理由を示した本研究の成果は、国際学術誌“Scientific Reports”に2023年7月17日付でオンライン公開されました。

論文タイトル

Cross‑mating between the alien bumblebee Bombus terrestris and two native Japanese bumblebees, B. hypocrita sapporensis and B. cryptarum florilegus, in the Nemuro Peninsula, Japan

掲載誌と掲載日:
Scientific Reports
https://www.nature.com/articles/s41598-023-38631-7 (オープンアクセス)
2023年7月17日

著者

  • 1)久保 良平 :
    玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター特別研究員(筆頭著者)
    玉川大学農学部生産農学科非常勤講師
  • 2)浅沼 結音 :
    京都産業大学生命科学部
  • 3)藤本 恵里菜:
    京都産業大学生命科学部
  • 4)奥山 永  :
    京都産業大学生命科学部
  • 5)小野 正人 :
    玉川大学大学院農学研究科 教授
    学術研究所 所長
  • 6)高橋 純一 :
    京都産業大学生命科学部 准教授(責任著者)

内容

北海道の根室半島は、準絶滅危惧種であるノサップマルハナバチ(B. cryptarum florilegus)を含む11種の在来種マルハナバチの重要な生息地です。その地域にもセイヨウオオマルハナバチが侵入・定着し、並行して分類上近縁種であるエゾオオマルハナバチ(B. hypocrita sapporensis)とノサップマルハナバチの個体数の減少が報告されています。
生態リスクの中で「外来種と在来種の交雑」は深刻な問題です。先行研究において、交雑した女王蜂が産卵した受精卵は胚の発達が途中で止まってしまうため、雑種は生まれないものの、子孫を残す事が出来なくなる事が指摘されています(Kanbe et. al. 2008)。室内の交配実験での知見は豊富ですが、自然界で実際にどのようになっているのかは、情報が少ないのが現状です。本研究では、北海道根室半島におけるセイヨウオオマルハナバチと在来のマルハナバチ2種(エゾオオマルハナバチとノサップマルハナバチ)間の繁殖干渉頻度とその仕組みを調査しました。
まず、高橋准教授らの研究グループは繁殖干渉頻度を調査するために、根室半島でセイヨウオオマルハナバチ、エゾオオマルハナバチ、ノサップマルハナバチの女王蜂を採集しました。次に女王を解剖し、「受精嚢(じゅせいのう)」という雄蜂から受け取った精子を貯めておく器官から精子を取り出し、DNA解析により交尾相手の種を特定しました。その結果、高頻度でエゾオオマルハナバチ、ノサップマルハナバチの女王蜂の受精嚢からセイヨウオオマルハナバチの雄蜂の精子が検出され、深刻な繁殖干渉が起きていることが明らかになりました。
ではなぜ、野外で別種同士が出会ってしまうのでしょうか?マルハナバチは配偶行動において、雄蜂がテリトリーを形成し、その中に頭部下唇腺(かしんせん)で生産された種特異的な香り(性フェロモン)を塗りつける事によって、同種の女王蜂を引き付けます。この種ごとに異なる雄蜂の香りにより、異種間での交雑が予防されていると考えられています(Kubo and Ono 2010)。日本で生息域が重なる同所性のマルハナバチ種も種特異的な性フェロモンによって間違った交尾が起きないように生殖隔離がなされています。ところが、海外から持ち込まれたセイヨウオオマルハナバチは、日本在来マルハナバチ2種(エゾオオマルハナバチとノサップマルハナバチ)の雄蜂の性フェロモンと同じ成分をもっていることが知られています。久保博士と小野教授は性フェロモンの類似性により交雑が起きていると仮説をたて、各種性フェロモンに対するセイヨウオオマルハナバチと在来マルハナバチ2種女王の(1)触角応答性調査、(2)誘引試験を行いました。その結果、3種に共通する脂肪酸エステルに対して交叉活性がある事、全種の女王に誘引性を示す事が分かり、雄蜂の性フェロモンの類似性により交信攪乱が起こり、交雑の一因となる事が強く示唆されました。
以上の事から、根室半島ではセイヨウオオマルハナバチによるエゾオオマルハナバチとノサップマルハナバチへの繁殖干渉が進んでおり、その影響がそれら近縁2種の個体数減少の一因となっていると結論付けました。 今後は、根室半島の在来マルハナバチ種を保護、保全するための研究が進む事が期待されます。

Kubo et al. (2023) Scientific Reports

図1. 本研究の調査地と対象としたマルハナバチ3種
(左:bcf)ノサップマルハナバチ女王蜂(在来種:根室半島および野付半島にのみ局所的に生息する準絶滅危惧種)
(中:bbs)エゾオオマルハナバチ女王蜂(在来種:北海道全土に生息)
(右:bt)セイヨウオオマルハナバチ女王蜂(特定外来生物:欧州原産)

Kubo et al. (2023) Scientific Reports

図2.3種マルハナバチの雄蜂のフェロモン成分に対する各種の触角応答
A,a:セイヨウオオマルハナバチ、B,b:エゾオオマルハナバチ、C,c:ノサップマルハナバチ
*アルファベットの大文字はフェロモン成分、小文字は触角応答
1:ドデカン酸エチル
2:2,3-ジハイドロファルネサール
3:2,3-ジハイドロファルネソール
*ピーク1番のドデカン酸エチルが3種に共通し、各種にその物質に対する触角応答が検出された

参考文献

  • Asada, S. and M. Ono (1996) Crop pollination by Japanese bumblebees, Bombus spp. (Hymenoptera: Apidae) Tomato foraging behavior and pollination efficiency. Appl. Entomol. Zool. 31:581-586.
  • Goka, K. (2010) Special Feature for Ecological Risk Assessment of Introduced Bumblebees. Appl. Entomol. Zool. 45: 1 -87.
  • 加藤真(1993)セイヨウオオマルハナバチの導入による日本の送粉生態系への影響.ミツバチ科学 14 : 110 -114.
  • Kanbe, Y., I. Okada, M. Yoneda, M. Goka and K. Tsuchida (2008) Interspecific mating of the introduced bumblebee Bombus terrestris and the native Japanese bumblebees Bombus hypocrita sapporoensis in inviable hybrid. Naturwissenschaften 95: 1003 -1008.
  • Kubo, R. and M. Ono (2010) Comparative analysis of volatile components from labial glands of male Japanese bumblebees (Bombus spp.). Entomol. Sci. 13: 167 -173.
  • 小野正人(1994)マルハナバチの利用-その現状と将来-.ミツバチ科学15 : 107-114.
  • 小野正人(1996)日本在来種マルハナバチの実用化に関する研究.環境研究 103 : 21-25.
  • Ono, M. (1997) Ecological implication of introduced Bombus terrestris, and significance of domestication of Japanese native bumblebees (Bombus spp.). Proc. International Workshop on Biological Invasions of Ecosystem by Pests and Beneficial Organisms. NIAES, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, Japan, Tsukuba, Japan. pp. 244-252.
  • 小野正人(企画)(1998) 特集・外来生物と生物多様性の危機.遺伝52(5).
  • 小野正人(企画)(1998) 特集・マルハナバチ.昆虫と自然33(6).
  • 小野正人・和田哲夫(1996)マルハナバチの世界-その生物学的基礎と応用-.社団法人日本植物防疫協会、132 pp.

参考資料

  • 朝日新聞(1994年5月1日一面)欧州産に負けるな「二ホンバチ」玉川大繫殖に成功.
  • 北海道新聞(1997年1月27日一面)欧州バチが道内で繁殖.玉川大グループ調査.
  • 朝日新聞(1997年9月13日一面)国産バチ増産せよ.生態系乱す外来バチのかわりに.

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