教職について思うこと-定年退職に際して-
2026.02.01
山口 意友
2009年4月に着任してからあっという間に17年が経過いたしました。まさに「光陰矢の如し」です。本稿が最後の寄稿になりますので、この17年間を簡単に振り返りつつその間感じたことを記してみたいと思います。
現在、通信教育課程の学生数は約2,000人ほどですが、着任当時は8,000人を超えていたと記憶しています。そのため200名を超える学生を大教室で講義することも少なくありませんでした。当時はチョークを用いて板書を行っておりましたが、その後パワーポイントを用いるようになりました。その結果、教室後方の学生から寄せられていた「字が見えづらい」というクレームも解消されました。
また、レポートも当時は手書き提出がほとんどでしたが、その後ワープロでの提出が可能となり、学生の読みにくい字から解放されることとなりました。さらに、レポート提出のウェブ化により、レポートの送付と返却にかかる時間が大幅に短縮されました。加えて、科目試験についてもかつては全国の会場で実施されていましたが、ご存じの通り現在ではウェブを用いた自宅受験が可能となっています。またスクーリングも従来の対面授業のみの形態から、オンライン、ブレンディッド、オンデマンドなど多様な形態が可能となりました。まさにICTの恩恵であり、この恩恵を最も享受しているのは通信教育であると言えるかもしれません。
このように、ウェブ化によって学修環境というハード面は劇的に改善されましたが、その一方で、学修の中身については憂慮すべき事態も生じています。ネット上から無断で拝借したいわゆるコピペレポートや、近年では生成AIに作成させた不正なレポートや試験答案も少なからず見受けられるようになりました。
周知のとおり、メディアによる教職のブラックな側面を強調した報道や教師の性犯罪等に関する報道により、かつて聖職者と言われていた教職のブランドは、地に落ちたと言っても過言ではありません。それに伴い教職希望者の大幅な減少による採用試験の低倍率化が進み、教員の質が問題視されるようになってきました。(※東京都教育委員会のHPによれば、今年度の小学校教員採用試験は、受験者数2,569名、名簿登載者数2,213名で倍率は1.2倍とのこと。)
当たり前のことですが、教職に就きますと児童生徒だけでなくその背後にいる保護者への対応も念頭に入れておかねばなりません。保護者は常に担任教師の能力を見極めようとし、さらに他の教員と比較しようとします。曰く「来年度は、自分の子供の担任にはA先生ではなくB先生になって欲しい」。これが保護者の嘘偽らざる本音です。少しでも不信感を抱かれれば、モンスターペアレントでなくとも、「やはり低倍率で採用された教師なので能力が低いのだろう」と言われかねません。では、そのような事態を避けるためには、教職に就く前の学生時代に何をしておくべきでしょうか。レポートやスクーリング等の学修に真摯に向き合うことは言うまでもありませんが、同時に、教育に関するキーワードを分かりやすく言語化する訓練を積んでおくことが必要ではないかと私は考えています。
例えば、教育基本法に記される「教育の目的」や学習指導要領に示される「生きる力」、さらには「自律」「自由」「真理」「正義」「平等」「幸福」といった哲学的で抽象的な概念の意味を分かりやすく言語化できていれば、公教育が何を行おうとしているのかを学級通信等を通して保護者に対して分かりやすく明確に伝えることが可能となります。このことは同時に、感情だけではなく理論に基づく質の高い教育へと繋がるはずですし、それによって保護者に安心感と信頼感を与えます。
私はこれまで、こうした教育に関する抽象的概念を分かりやすく言語化しそれらを本学のホームページにいくつか掲載してきましたので、通大生の皆さまの学修の一助になればと思いその一覧を以下に記しておきます。
今まで長い間、色々とお世話になりました。通大生の皆さまが、将来、立派な教育者になられることを祈っています。
- 実地調査による新たな発見
- 誤解に注意!「生きる力」
- 教育と幸福の関係とは
- 筑後川大石堰五庄屋物語
- 道徳教材『手品師』再考
- 幸福とは何か─幸福の問い方─
- 今日の道徳を支えるもの
- 真理とは何か?(真理の二義性)
- 道徳の形骸化を止めるには
- 道徳的自由について
(以上、「通信からの“風”」)
カント倫理学は現代の道徳教育に役立ちうるのか?
教育の目的はなぜ人格の「完成」なのか?
平等について
「正義」の源流
(以上、「教育学研究科 コラム」)
プロフィール

- 教育学部教育学科 通信教育課程 教授
- 九州大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。文学修士。
- 専門は、道徳哲学、教育哲学、並びに応用倫理。
- 福岡の純真短期大学を経て現職。
- 著書:『〔改訂版〕教育の原理とは何か-日本の教育理念を問う-』(ナカニシヤ出版 2017)、「『反道徳」教育論-「キレイゴト」が子供と教師をダメにする-』(PHP研究所 2007)、『正義を疑え!』(筑摩書房 2002)、『平等主義は正義にあらず』(葦書房 1998)、『女子大生のための倫理学読本』(同 1993)。共著に『教職概論』(玉川大学出版部 2012)、『よく生き、よく死ぬ、ための生命倫理学』(ナカニシヤ出版 2009)、『情報とメディアの倫理』(同 2008)、『男と女の倫理学』(同 2005)、『生と死の倫理学』(同 2002)、『幸福の薬を飲みますか?』(同 1996 )。共訳に『環境の倫理』(九州大学出版会1999)、『健康の倫理』(同1996)。
- 学会活動:日本倫理学会・日本教育学会・日本道徳教育学会・西日本哲学会・九州大学哲学会




