世界初!脳の領域間を伝わる信号を一挙に観測できる新手法の開発に成功!脳の通信プロトコルの解読に一歩近づく

2017.02.02

<この研究のポイントと展望>

  • 脳領域間を伝わるスパイク信号を効率よく追跡する新手法を開発(世界初)
  • 実際に行動中のラットの大脳皮質の神経細胞のスパイク信号と出力先を同定
  • 将来、脳内の神経細胞間の通信ルールの解読につながる可能性のある基盤技術
  • マーモセット等の霊長類の複雑な脳の仕組みや働きを探る研究にも応用可能

玉川大学脳科学研究所(東京都町田市 所長:木村實)の礒村宜和(いそむらよしかず)教授を中心とした、玉川大学・福島県立医科大学・東北大学の共同研究グループは、世界で初めて脳領域間を伝わる信号を一挙に観測できる新手法の開発に成功しました。
今回の研究では、「スパイク衝突」(※用語解説)という現象を利用して、多数の領域間の配線関係を並行して同定し、それらの配線を伝わるスパイク信号を同時に観測することができる新しい方法を初めて開発し、「Multi-Linc法」(マルチリンク法)と名付けました。
実際に、この手法を行動中のラットの大脳皮質に適用することで、大脳皮質に存在し出力先の異なる2種類の神経細胞を(顕微鏡で軸索の行先を確認することなく)同定するとともに、両者のスパイク信号の特性の違いや行動との関連性も見出され、本手法の有用性を実証することができました。
本研究の成果は、脳神経科学の重要な基盤技術の一つとして、異なる脳領域はスパイク信号を使って一体どのように情報をやりとりしているのか、すなわち「脳の通信プロトコル(手順)」を解読する研究の突破口を拓くことが期待されます。
本研究成果は、米国の神経科学分野の学術誌 “Cerebral Cortex”(オンライン版:http://cercor.oxfordjournals.org/)に2017年1月31日(日本時間)に掲載されました。

【掲載論文名】

In vivo spiking dynamics of intra- and extratelencephalic projection neurons in rat motor cortex
和訳)ラット運動野における終脳内・外投射神経細胞のインビボ発火ダイナミクス

<背景>

脳内には異なる機能を受け持つ多数の脳領域(大脳皮質の運動野など)があります。各領域には多数の神経細胞が存在し、それらの神経細胞は軸索という細長い突起を伸ばして、遠く離れた他の領域の神経細胞と結合し、複雑な神経回路を形成しています。神経回路に組み込まれた各々の神経細胞は、他の細胞から受け取った入力情報をもとに、デジタル式(1ミリ秒単位)の電気信号(スパイク)を発生させて、軸索を介して次の神経細胞にスパイク信号を出力します。
このように脳は多数の領域にわたる神経回路の配線を通しスパイク信号を伝えることで情報を処理していますが、様々な領域に出力する神経細胞が同じ領域内に混在しているため、領域間でどのようなスパイク信号がやりとりされているのかを観測することは技術的に極めて困難でした。

<研究内容>

この新手法の開発のカギとなったのは、神経細胞の出力先を特定するためのスパイク衝突(※)を並行して検出するために、多領域の人為的刺激と多領域のたくさんの神経細胞のスパイク信号の観測を組み合わせた点です(図1)。研究グループは、特定の光に応答する特殊なタンパク質分子を全脳の神経細胞に発現する遺伝子改変ラット(図2)に、特定の光を照射することで、人為的にスパイクを発生させることが可能である光遺伝学的刺激法と、半導体製造技術で作られた多点電極(シリコンプローブ)(図3)を介して多数の神経細胞のスパイク信号を観測できる多細胞同時記録法を組み合わせることで、多数の領域間配線を同定しスパイク信号を観測できる手法を開発しました。

実際、この手法を使って、ラットの大脳皮質の異なる領域(一次運動野と二次運動野)でスパイク信号が観測された神経細胞を、スパイク衝突で判明した出力先の違い(例えば、反対側の線条体、同側の視床)から2種類の細胞型(IT型神経細胞とET型神経細胞)に正しく同定・分類できることを示しました(図4)。これら出力先の判明した神経細胞は、前肢の動作に先んじてスパイク信号が変化したことから、運動野細胞として運動情報を伝えていることを確認しました。さらに、ET型神経細胞はIT型神経細胞と大きく異なるスパイク信号のパターンを示すことも明らかにしました。このように、本手法は行動している動物の脳内情報の研究に活用できることを実証しました。

※用語解説

スパイク衝突とは

出力先の領域に達した軸索部を刺激してスパイクを人為的に発生させた際に、そのスパイクが軸索を逆行し、神経細胞の本体から出力先に向かって軸索を伝わってくる自然なスパイク信号と衝突し、両スパイクが消失する現象のことです。スパイク衝突の検出は、軸索が出力先まで直接到達している証明となります(図5)。

<今後の発展>

本研究では、行動中の動物における脳領域間の情報伝達を細胞単位かつミリ秒単位で効率よく追跡する革新的な脳活動計測技術を確立しました。本手法は、ラットやマウスのような小さな脳だけでなく、マーモセット等の霊長類の大きくて複雑な脳の仕組みや働きを探る研究にも応用可能です。現在、コンピュータによる自動化の技術を採り入れて、この手法の大幅な効率化と大規模化の実現を目指しています。
本研究の成果は、脳神経科学の重要な基盤技術の一つとして、異なる脳領域はスパイク信号を使って一体どのように情報をやりとりしているのか、すなわち「脳の通信プロトコル(手順)」を解読する研究を促進することが期待されます。

<発表誌>

Cerebral Cortex (Oxford University Press) http://cercor.oxfordjournals.org/

<本研究について>

玉川大学、福島県立医科大学、東北大学の共同研究として、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト、科学技術振興機構(JST)戦略的創造推進事業(CREST)、科学研究費補助金、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業などの支援により実施されました。

<執筆者一覧>

  • 玉川大学 脳科学研究所 齊木 愛希子
  • 玉川大学 脳科学研究所 酒井 裕
  • 福島県立医科大学 深堀 良二
  • 玉川大学 脳科学研究所 相馬 祥吾
  • 玉川大学 脳科学研究科 吉田 純一
  • 玉川大学 脳科学研究科 川端 政則
  • 東北大学 生命科学研究科 八尾 寛
  • 福島県立医科大学 小林 和人
  • 玉川大学 脳科学研究所 木村 實
  • 玉川大学 脳科学研究所 礒村 宜和