ゆめの学校

創立者小原國芳が自らの理想の教育を実践する場として誕生した玉川学園。広島高等師範学校付属小学校在勤中にはすでにその心の中に理想の教育を実践するための環境をあたためていました。1918年の年賀状には「ゆめの学校」と記された版画が刷られていました。
版画には小高い丘の中腹付近に十字架を掲げた礼拝堂と、その周辺に校舎が点在しているのが見えます。
この絵のモデルとなったのは京都大学在学中に小原國芳がよく散歩したという法然院一帯だそうです。「本来、学問と修業の場は山の中にあるもの。比叡山、高野山、身延山、永平寺も、すべて山中にある。山地は建物が増えても眺望がきき、それだけで心が豊かになる」と話していました。
まさにこの絵と重なるかのような風景が広がる玉川のキャンパス。多摩の丘陵地に広がる現在のキャンパスは、小鳥のさえずりと子供たちの歌声が響き渡る、全人教育実践の場として理想的な環境として発展を遂げています。