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科学するTAMAGAWA 閉鎖環境でのアワビ養殖に挑む、農学部「アクア・アグリステーション」

2016.03.31

水産資源の新しい養殖技術を研究する施設「アクア・アグリステーション」が、
2016年3月、玉川大学農学部に誕生しました。
閉鎖環境におけるアワビの養殖技術を確立し、
人類が直面する食料問題の解決を通じての社会貢献をめざします。
その概要や、教育活動への展開について、
農学部長の小野正人教授にお話を聞きました。

持続可能な食料生産技術を確立するために

現在、世界の人口は70億人を超えるといわれています。その数は、この先もさらに増加することが予測されており、その人口を養えるだけの食料を確保することが、人類の喫緊の課題となっています。
「音楽や絵画などの芸術、文学などの豊かな文化は、十分な食料が保証された上に成り立つものです。食料生産が担保されなくては、人類は文化的な生活を送ることはできません」と玉川大学農学部長の小野正人教授は語ります。

「地球はこれ以上大きくなりませんから、十分な量の食料を生産するためには、生産性を上げるか、より多くの場所で食料生産をできるようにするしかありません。生産性を上げるには、多くの化学農薬を使って農作物を病害虫から守ったり、大量の抗生物質を投与して家畜を増産する方法もありますが、そのやり方は持続可能なものではありません。いずれは環境破壊などの問題を招き、人類にとってより悪い結果をもたらすことになるでしょう。環境に配慮しつつ、より多くの食料を確保できる生産技術の確立が、どうしても必要になるのです」

こうした社会的要請に応えるために、玉川大学農学部が取り組もうとしているのが、水産資源の新しい養殖技術の研究です。
「食料生産で重要なことの一つは、農作物を含む植物の生長に欠かせない“光”の制御です。これについて玉川大学では、渡邊博之教授を中心にLED光の波長を制御することで、機能性の異なるリーフレタスを生産する『LED農園』をすでに手掛けており、事業化にも結びつけています。
もう一つ重要なのが、私たち生命の源である海、つまり、“水”の制御です。現在、ウシやブタは人間の管理下で家畜として肥育され、『松阪牛』や『イベリコ豚』などブランド化も図られていますが、一方の水産資源は、養殖物より天然物の方が上だと一般的に考えられています。しかし、近年のウナギやマグロの生息数減少に見られるように、天然の水産資源の枯渇は大きな問題となっています。また養殖にしても、海を生け簀で囲って行う従来の方法には、海洋汚染の問題や、病原体の侵入により病気が広がる危険性などがありました。つまり、海洋の生物多様性を確保しながら、より安全・安心に水産資源を養殖できる技術の確立が求められているわけです。それを研究するための施設が『アクア・アグリステーション』なのです」

さまざまな技術で水を浄化し循環させる

アクア・アグリステーションで主に研究するのは、“閉鎖環境”でのアワビの養殖だと小野教授は説明します。
「閉鎖環境というのは、水を入れ替えずにポンプで循環させ、完全に人の手で制御する環境ということです。自然界ではエサが不足して成長が遅れたり、環境の変化で個体数が減少したりすることがありますが、閉鎖環境ではエサも環境も人間が管理するため、そのようなことが起こりません。また、しっかり管理すれば、病気にかかるリスクを軽減できます。現在、食品のトレーサビリティが問題となっていますが、まさに100%トレーサブルな食料生産が可能となるわけです」

もちろん、それを実現するためには、解決しなくてはならない問題があります。

「それは、水の浄化です。エサの食べ残しや排泄物などが外部に出ていかないため、それをきれいにする仕組みが必要になるのです。そこでアクア・アグリステーションでは、『ゴミを水流で巻き上げて物理的に取り除く技術』『排泄物などに含まれるアンモニア態窒素を、微生物を使って取り除く技術』『水が黄色く濁る原因となる難分解性の高分子物質を、電気分解で取り除く技術』を導入。ほとんど水を入れ替えなくても、きれいに保てるようにしました。
もちろん課題はこれだけではなく、アワビの養殖がうまくいくかどうかは今後の研究次第ですが、もし成功すれば、海から遠く離れた砂漠のような場所でも、水産資源が養殖できることになります。まさに、いつでも、どこでも、安全・安心に食料を生産できるようになるわけです。もしかしたら20〜30年後には、これがスタンダードな水産資源の養殖技術に発展しているかもしれませんね」

こうした技術のバックボーンとなったのは、玉川学園の水処理システムだったそうです。
「61万㎡の敷地に幼稚園から大学・大学院、研究所までを設置する玉川学園では、日々の教育・研究活動の中で大量の水を使います。そのため従来から、『(株)環境技術センター』というパートナー企業が、排水の処理や水質チェックを行っていました。また、その技術を教育・研究にも活かそうということで、処理した水でのサンゴの養殖や魚の飼育にも取り組んでいます。そのように培ってきた技術と、食料問題を解決したいという思いが結実したのが、このアクア・アグリステーションです」

体験学習やK-16連携の拠点として

アクア・アグリステーションはこうした研究だけでなく、教育面でも幅広く活用できるといいます。
「現代社会ではSTEM(Science:科学、Technology:技術、Engineering:工学、Mathematics:数学)の重要性が指摘されますが、玉川学園もかねてよりSTEM教育に注力しており、文部科学省より『スーパーサイエンスハイスクール(SSH)』の採択も受けています。9~12年生の自由研究では、石垣島のサンゴを養殖し、それを海に戻す研究に取り組んでいて、今後はアクア・アグリステーションの設備を使って研究を進めることも予定しています。
また、アクア・アグリステーション内には見学ルートも設けているので、建物内に一歩踏み込めば、そこはすぐに体験学習の場へと変わります。先ほどもお話ししましたが、アクア・アグリステーションではさまざまな方法で水を浄化しています。水流を使った物理的な方法、電気分解を使った化学的な方法、微生物を使った生物学的な方法です。つまり、この浄化システムを見学するだけでも、物理・化学・生物という3科目を組み合わせた学習ができるということ。こうした体験学習を、初等・中等教育の段階から導入することで、社会で求められるSTEMの基礎知識を育めますし、生物多様性を守る意味や、安全・安心な食の大切さを考えるきっかけにもなるでしょう」

サイテックセンター内の水槽で飼育するサンゴ(9~12年生 自由研究)

また、大学の学部間連携の拠点にもなり得ると、小野教授は話します。
「例えば観光学部について考えてみましょう。人がどこかに旅行に行くとき、食事は重要な楽しみの一つです。特に、その地域でしか食べられないようなものは、観光の目玉になるかもしれません。そういう観点から、水産資源や養殖について考えることもできるでしょう。経営学部はどうでしょうか。水産資源は鮮度が大切です。どこでも養殖できるからといって、運ぶのに時間がかかってしまえば、その価値は下がってしまいます。ここには、マーケティングで重要な“流通”さらには消費者への“提供の工夫”までの問題が関わってきます。

玉川大学で生産された食材を活かした料理(フードサイエンスホール)

実際、アクア・アグリステーションの外壁は、芸術学部の学生がアワビの貝殻とLEDライトを組み合わせてデザインしています。誰にとっても欠かせないものであり、多くの要素を含む“食”は、このように学際的にものごとを考えるときの足場を提供してくれるのです」

このほかに、2017年4月に設置計画の「先端食農学科」では、アクア・アグリステーションが学修拠点の一つになるそうです。
「先端食農学科では、食品加工や機能性食品についての研究と、システム農学の研究という2つの研究領域を予定しています。このうち後者は、LED農園やアクア・アグリステーションで、最先端のシステム農学を学ぶことになります」

芸術学部メディア・アーツ学科によるアクア・アグリステーションの夜間壁面演出 
遠景に大学6号館「SCIENCE HALL」のサインを望む

偉大な自然の全体像を象徴する場として

小野正人先生(左)と
水処理技術を開発する小泉嘉一先生(右)

アクア・アグリステーションは、ガラスでできた温室の“中”に建設されています。もともと1~4年生で使っていた温室だったのですが、それを再利用して、冬期は太陽光を取り入れ温度を保つなど、最先端のエコシステムが導入されているそうです。
「そのような実際的な面も大切ですが、もともと温室という“森”であった場所が、水産資源の養殖場という“海”に再生されたというのも、とても象徴的な取り組みです。
水産資源が豊かな湾に注ぐ川を遡ると、そこには必ず豊かな森があります。サケなどの魚が海の養分で育って遡上し、それをクマなどが食べ、その排泄物や死骸が土壌を肥沃にし森を豊かにする。そして、その養分が川に流れだし、再び海に戻っていくわけです。それは自然の食物連鎖ですが、温室から養殖場へという流れが、この食物連鎖を象徴しているようでもあります。
LED農園に掲げられたSTEM教育メッセージ

私としてはアクア・アグリステーションは高度な研究施設であるとともに、知的好奇心が旺盛な子供たちが自然の全体像を感じながら、STEMを学ぶことができる場であってほしいと考えています。子供の頃からそういう経験を積み重ねることこそが、現在問題になっている理科離れを食い止めることにつながるのではないでしょうか。そうした自然な教育環境の中から、いつか、ノーベル賞を受賞するような研究者が育ってほしいと願っています」

専門研究・技術開発スペース(左)、総合学修スペース(中)、魚・ウニ類飼育エリア(右)

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