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科学するTAMAGAWA 植物の遺伝資源を探る〜 トマト・ハナショウブを例に 〜

2016.10.25

玉川大学は2017年4月、文学部・農学部・工学部で新学科がスタートします。
農学部は、「農学」の可能性を多角的に創造することを目的に、国内外に広がる豊かなフィールドで、生物、環境、食、生産加工など、幅広い「農学」分野を倫理観とともに実践的に学び、次世代の農学を担う人の育成をめざす学部へとリニューアルします。
これまでにも農学部では、研究成果を広く社会へ還元してきましたが、
さらに、これからの社会に活かす研究が続々と控えています。
その中の一つである「植物の遺伝資源」について、
田淵俊人教授(先端食農学科教授着任予定)にお話を伺いました。

先端食農とは原種を最新の機器で研究すること
そのコアになるのが遺伝資源

2017年度から農学部には「生産農学科」「環境農学科」「先端食農学科」が設置され、「生産農学科」には「理科教員養成プログラム」も設置されます。



先端食農学科は、新しい食料生産システムを探究する「システム農学領域」、機能性食品や食品生産加工技術の研究をテーマとする「食品科学領域」の2つの領域の研究を集約し、これまでの農業の枠組みにとらわれずに、未来の食を支える人を育てる学科です。「植物の遺伝資源」は、システム農学領域の一分野としてトマトの育成・栽培を中心に研究が進められています。その中心となるのが、田淵教授です。
「先端食農と聞くと、最新・最先端のバイオテクノロジーやツールを用いた研究やこれまでにないものを創出することを思い浮かべると思います。玉川のキャンパスには、Future Sci Tech LabLED農園といった施設があり、そこでは食料生産技術を確立するため、LED光源による野菜をはじめとする植物の生育や生産の研究が行われています。しかし、研究においてはそれらの技術や設備だけでは成立しません。もう一つ、研究のもととなる“遺伝資源”が必要なのです」

遺伝資源とは、現在あるいは将来的に価値があり、遺伝的な機能を有する植物、動物、微生物などに由来する素材のことで、植物の種、動物の卵子や精子などが端的な例といえます。では、その遺伝資源がどうして不可欠なのでしょうか。
「私の研究の一つがトマトです。トマトは原産が南アメリカのアンデス地方とガラパゴス諸島です。原種は食用には適さなかったのですが、自生の野生種はアメリカ大陸からヨーロッパへ渡り、中国を経て江戸時代に日本に入ってきました。そのときはすでに改良が加えられた栽培種となっていました。当時は食用ではなく、もっぱら観賞用だったそうです。」

保有・保管する種子は世界有数
この研究室でしかできない研究もある

日本でトマト栽培が始まったのは明治時代。しかし、今ほどの人気食材ではありませんでした。独特の青臭い香りが強かったのがその理由です。時代とともに人の嗜好が変わり、それに合わせるようにトマトにも改良が加えられてきました。そこに遺伝資源が重要な役割を果たしていると田淵教授は言います。
「栽培種は、好みに合う野生種同士を掛け合わせるなどして改良を加えて作られたもので、そこにさらに甘みを加えるとか病気に強い機能を付加していくのは非常に難しいことです。品種改良の段階で、かつて備えていた機能や機構を一旦排除してしまったものもあります。例えば、良い味のトマトを作ると、病気に弱い品種になってしまうこともあるのです。品種改良はその機能を復活させるようなもの。失った機能は二度と戻ってきません。しかし、野生種にはまだまだ未解明な、知られていないが利用できる部分が多分にあり、それだけ発展の可能性を秘めているのです。しかも、時代の変遷の中で環境の変化に適応してきた歴史があります。それは生きるために遂げてきた変化・変容です。ですから、遺伝資源は多ければ多いほどよいものなのです」

現在、田淵先生の担当する研究室には世界中の約300品種のトマトの種子が保存・保管されています。さらにアンデス山地、ガラパゴス諸島のトマトの原種(野生種)と言われるもの9種、トマトの祖先と呼ぶ貴重な原種を3種、それぞれを原産地ごとに分けて約300系統がほぼすべてがそろっています。国内はもとより海外レベルで見ても、これだけの種子を所有しているのは珍しいと言います。

リック博士直筆の品種タグ
品種番号や採取場所など細かく記載し保管

「26年前にブラジルでの学会発表で、トマト研究の神と言われたカリフォルニア大学トマト遺伝資源研究センターのチャールズ・リック博士にお目にかかり、失礼ながら種子を分けていただきたいと直訴したのです。博士は無礼な若者を『スピリットを感じる』と快く受け入れ、その年のクリスマスに『これで夢を見よ』というメッセージとともに種子を送ってくださいました。それがすべての始まりでした。現在は約300系統になり、袋に小分けして混ざらないように管理しています。また、キャンパス内の温室や農場では、交雑が起きないよう注意しながらいくつものトマトを栽培しています。その種のトマトの特性はもちろん、交配した結果がどうなのかも研究の対象です。また、生食用だけでなく、調理用のトマトやトマトジュース用など加工用のトマトも栽培し、実験・実習では、育てるだけでなくそれを使って調理し食べるところまでを経験します」
研究室では、農学部生産加工班に協力を得て、キャンパスで採れたジュース専用品種を使ってトマトジュースに加工しました。200ccのジュースを作るのに約10個のトマトを使用します。トマトが苦手な人でもサラッと飲めるテイストに仕上げたそうです。

田淵先生の研究室で保管されているトマトの種子の中では、世界規模の環境変化により絶滅してしまった原種も多くあり、この種子が唯一の存在という貴重なものもあります。日本はおろか海外からも注目を集めているのですが、それを分けて別の研究にも活かしてもらうということが難しくなってしまいました。それは『生物の多様性に関する条約*』によるものです。
「2012年には種子の輸入が禁止され、2014年には遺伝資源の持ち込み、持ち出しができなくなりました。種子が入ってこなければ、野生種をベースにした研究ができず、栽培種に野生種の特徴を配合していくような品種改良もできなくなってしまいます」

メキシコ原産の野生種トマトの苗木
爪型の形をした品種「アンデス」
トマトの祖先「リコペルシコイデス」
洋ナシ型のメキシコの野生トマト
  • 生物の多様性に関する条約=1993年に発効された、地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全し、生物資源を持続可能であるように利用し、および遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分することを目的とする条約

遺伝資源がもつ無限の可能性を引き出し
最先端の技術で新たな食を生み出す

研究の拠点となるFuture Sci Tech Lab

田淵教授は、遺伝資源を用いた研究の今後についてLED光源には大きな可能性を感じています。
「野生種の種子を持っていて、植物工場研究施設『Future Sci Tech Lab』もある玉川大学だからこそできる研究があります。LEDの環境下でトマトを育てることにより、トマトに含まれるリコピンを増やすような波長の光を見つければ、生食に向く品種で抗酸化力をさらに高めたトマトを育種することも可能です。これまでの実験で、特定の光を当てるとビタミンCの含有量が増えた例もあります」
また、田淵教授は多種のトマト栽培のほかに、もう一つ大きなスペースを使ってハナショウブを栽培しています。ハナショウブは、ノハナショウブを原種に改良が重ねられた植物で、江戸時代には庭に植え花を楽しむなど、浮世絵にもたくさん描かれる日本の文化ともいえるものです。
「トマト研究を一緒に取り組んでいる海外のメンバーから日本の植物について知りたいとリクエストがあり、世界に誇れる日本の植物ということで目を向けたのがきっかけでした。野生種を集めるために全国を歩き回ったりもしました。栽培品種の基礎ともいえる江戸系に加え、肥後系、伊勢系のすべての品種が農場にそろっています」
ハナショウブにもLED光源を使った研究の可能性を田淵教授は、「種子をまいて花が咲くまでに3年もかかるハナショウブの育成や開花のスパンを一気に変えることができるかもしれない」と考えています。

江戸鏡/江戸系
紫溟の秋(しめいのあき)/肥後系
残月/伊勢系

田淵教授が研究で大切にしているのは、この研究素材として植物資源をどのように守っていくかです。
「トマトの種子も、ハナショウブの株も、人の手によって集められたもので、それは人の手によって守り、受け継ぐべきものです。さらに、原種をしっかりと管理するだけでなく、それが育つ環境を守ることも重要ですし、原種を知り育種する人を育てるのも、私たちの責任です。ハナショウブが枯れてしまう、という相談を受けることがありますが、植物の育ち方や生態を知られていないことが原因だったりしますから」

多様性が重視される現代、重要なのはそれぞれの違いを理解し、さらには共通項を探ること。そのためには、わずかな違いを見逃さない“眼力(めぢから)”が求められると言います。その中から人間や社会に役立つものを見出す、これはトマトやハナショウブの研究に限ったことではなく、何事においても応用できるものなのです。

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