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科学するTAMAGAWA 昆虫界最強ともいわれるスズメバチを さまざまな角度から研究する

2012.09.25

都市部でも見かけることが増えたスズメバチの
組織化された防衛行動のメカニズムなど、
特性や生態を知ることで刺害リスクを減らし、
有益な機能を私たちの生活に活用する。

晩夏から中秋にかけて被害が多発する理由

夏の終わり頃から秋にかけて、「スズメバチによる被害」のニュースを目にすることが多くなります。毎年20~30名の方が不幸にも命を奪われていて、その数はクマやハブといった他の野生動物による被害の10倍近くにも達します。スズメバチが活動しているのは春から秋で、冬を越すのは翌春に女王バチとなる一部のハチだけです。では、なぜこの時期に集中して被害が続出するのでしょうか?

「それは、ハチの営巣活動が最盛期を迎えるからなのです。ハイキングや散策などで人が山に入る機会が増える時期とも重なり、人とハチの摩擦が生じやすいことが理由です。ハチの巣では次期女王バチを育てる時期になり、巣を守る働き蜂たちが神経質になっています。そもそも、ハチと人間の生活空間は適度な距離が保たれていたのですが、1980年代に里山を住宅地として開発したため野山で暮らしていたハチとの距離が近くなってしまいました。特にキイロスズメバチによる被害が多いのにも理由があります。キイロスズメバチは環境の変化への適応能力に優れていて、住宅の軒先や屋根裏にも巣を作ることができるので、人との距離がより近くなったのです」とその理由を明かしてくれたのは、農学部の小野 正人(おの まさと)教授。小野教授はスズメバチ研究の第一人者として、各種メディアにも多数登場されています。

スズメバチとの距離が問題

キイロスズメバチ
オオスズメバチ

「スズメバチと一言でいっても関東地方だけでも大型種は、6種もいます。自然生態系の中においては、その中で最大種のオオスズメバチが最優位で、樹洞など格好の営巣場所だけでなく、クヌギやコナラの樹液孔など好適な餌場を独占しています。一方、同じ時空間に生活する小型のキイロスズメバチは、営巣場所や食べ物に選り好みをせずに、高い適応力をもっています。さらに、秋になるとオオスズメバチの集団攻撃を受けて、大きく成長した巣も、その多くが捕食されてしまうのですが、そのリスクを多産という戦略で切り抜け、生き残って来ました。しかし、近年の都市開発によって、環境が急激に変わると融通の利かないオオスズメバチは減少し、弱者ゆえ住と食を環境の変化に合わせていけたキイロスズメバチに追い風が吹き始めたのです。人が住む環境から排出される、魚や肉などの残飯やジュースの飲み残しなどを漁り、家の軒下、屋根裏、床下、雨戸の戸袋などありとあらゆる場所に営巣したのです。おまけに、多産なキイロスズメバチの発生を抑制していた捕食者オオスズメバチが減少したことで、増加に歯止めのきかない状況になっていると言えそうです」。 弱者ゆえの特徴がすべて環境の変化で優位に働き、都会では勢力が逆転し、キイロスズメバチは増加の一途です。当然、餌環境と住環境が好転すれば、一定面積内で生活できる巣の数は多くなるので、キイロスズメバチの生息密度も増しています。そうした“都市適応型”のスズメバチを作り出してしまったのは人間であると言えるのです。では、距離が近くなってしまったハチから私たちが身を守るにはどうしたらいいのでしょうか?

「スズメバチの巣作りは越冬を終えた一匹の女王蜂により4月下旬頃から始められます。最初の働き蜂が羽化して徐々にその数が増加する7月くらいから巣の警戒レベルが高くなり、不用意に近づくと刺されてしまう危険性がでてきます。そして、巣の規模が最大となる9月頃には、来年女王となる新女王の養育が開始され、働き蜂は、その幼虫を守るため巣の防衛範囲を7月の頃の2~3倍の距離まで広げます。距離にすると5~10m前後といったところでしょう。里山のキイロスズメバチの巣が、オオスズメバチに襲撃されるのもこのころで、警戒心が極度に高まり、防御のために外部からの刺激に過敏になっている時期なのです。
そのような時期、もし巣があるのを知らずに近づいてしまっても、いきなり刺されることは稀です。まず、2~3匹が、身の回りにまとわりつくように飛び回り様子を伺ってきます。「カチカチ」という歯ぎしりのような音や「ブーン」といった攻撃的な羽音が聞こえたり、身の周りをホバリング(空中での停止飛行)しているのはハチからの警告信号です。このときは静かに来た道をゆっくり後ずさりするのが正解。注意しなければいけないのが、手で振り払う行動をしないこと。これはハチにとっては“攻撃”のサインになってしまい、ハチは警報フェロモンを噴射し仲間に敵が近付いているという合図を送ります。この“香りの非常ベル”とも言える警報フェロモンにより、巣から多数の働き蜂が飛び出してきた段階にまでエスカレートすると、黒くて光る所に飛びかかり、刺針を突き立ててきます。こうなってしまっては一刻の猶予もありませんから、一目散に退散するより方法はありません」。

微量の毒でも、じつはとても効果的

ハチが人刺すのにはもう一つ理由があると語る小野教授。それは太古からの歴史と食にヒントがあるようです。 「1000年、2000年前にまで遡れば、人間にとってタンパク質の確保は非常に困難なことだったと考えられます。イノシシやシカは容易には捕まえることができませんが、昆虫、その中でも栄養価が高いハチの子は、当時の人々にとっては格好の栄養源だったはずです。巨大なスズメバチの巣を一つ採集できれば、3~4日分のタンパク質源は確保できたかもしれません。日本でも周囲に海がなく水産資源の乏しい地域には、今でもハチの子をはじめとして昆虫を食べる習慣が残っているケースも多くありますよね。このような時代背景を考えると、ハチから見た人間は捕食者であり天敵なのです。ハチは黒いところに針を刺すことが知られていますが、「昆虫食文化」を発達させた東洋人の頭髪や目が黒いことに一因があるかもしれません。人間の感覚器が首から上に集中していて、一刺しで敵にダメージを与えるために黒いところを狙うのが効果的であることをあたかも知っているかのようです。鋭い刺針によって注入される「ハチの毒」は、実は、フグ毒やトリカブトの毒のように、それ自体に強い毒性があるわけではありません。毒液中にはタンパク質を分解する酵素や、激しい痛みをもよおす活性アミンなどがカクテルのように混合されているのです。スズメバチの毒のうに溜まっている毒液の量も数マイクロリットル(1mlは1000マイクロリットル)しかありません。ところが、この複雑な成分で構成される毒液が体内注入されるとそれが抗原となってある種の抗体が形成されることがあります。そして、それが原因となり、毒液成分に対して感作状態になってしまう場合があり、そのような方が刺されると即時型アレルギー反応(アナフィラキシーショック)が発症し、生命にかかわる重篤な状態になることさえあるのです。刺された箇所が痛む、腫れるという局所的な症状ではなく、蕁麻疹がでたり、血圧が下がる、呼吸困難になるといった全身症状が急速に発症するのが特徴です。これは人間の免疫機構を逆手にとった効果的な防衛なのです。日本では、1984年の73名死亡例を筆頭に、毎年20名程度の犠牲者が出ていますが、その9割以上がアナフィラキシーショックによって命を奪われているようです」。

ところで、オオスズメバチやキイロスズメバチの「黄色と黒色」のしましまボディ(腹部)の色合いに見覚えはありませんか? 日本では工事中のエリアなど注意を促す場所に多く用いられたりしていますよね。蜂に刺された経験がないにもかかわらず、それをアラート(警告)と感じるのは、人間にとってハチは“危険な存在”であるという潜在的なイメージが遺伝子の中にまで深く組み込まれているからなのかもしれません。

刺されるリスクを低減し、共生を考える

しかし、恐れているだけでいいのでしょうか? 農家の人たちにとって、スズメバチはイモ虫など植物を食い荒らす害虫を駆除してくれる益虫とされ、喜ばれる存在でもあるのです。また、女王蜂を中心とする大家族の“固い絆”を、団結、繁栄の象徴と崇め、縁起物として大切にしているところもあるのです。もちろん、同じ蜂の仲間の、ミツバチのように蜂蜜の生産や農作物の花の受粉を通じて人間社会に直接的に貢献しているハチもいます。

「ある一面でリスクがあるからという理由で排除するのではなく、そのリスクをどのようにして低減するか、人もハチも生態系の中では1つのピースという視点でどう共生を図るかが大切だと思います。スズメバチの好きな匂いがあるように、嫌いな匂いもあるかもしれません。特に女王蜂が嫌う匂いを巣作りが開始される前に、住宅や公園などに設置することで人間とスズメバチの生活空間に距離が保たれ、刺されるリスクを低減しながらハチの益虫としての面を活用することができるでしょう。これは昆虫機能利用学の分野といえます。また、黒くて光るものへの攻撃性をカラス撃退に応用できる可能性も秘めています」とスズメバチの特性を今後の私たちの生活に活用する術を紹介する小野教授。 女王蜂と働き蜂そして繁殖期に育てられる新女王蜂と雄蜂、さらには多数の蜂児から構成される巨大な巣(コロニー)の全体を1個の生命体ととらえ、その中で個々のハチたちがどのように働き、機能しているかといった生物学的な面からも、研究対象として非常に興味深いとも話してくださいました。ちなみに小野教授がスズメバチに興味を持ったきっかけは、性別的には雌でありながら自らは繁殖にかかわらず、母親の女王蜂の産んだ妹を命がけで守り、世話をして一生を終えていく働き蜂が“なぜ”進化したのかということに疑問を感じたことからだそうです。

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