玉川大学・玉川学園学友会寄附講座:文学を学ぶ意味と批評の言葉について考える――文学部国語教育学科1年生対象「感想から批評へ」を開講
玉川大学・玉川学園学友会では卒業生を対象とした行事以外に、現在玉川の丘で学ぶ在学生支援にも力を入れています。その一つが寄附講座。6月20日、文芸評論家で明治大学准教授の伊藤氏貴氏を講師にお招きし、文学部国語教育学科1年生対象の寄附講座「感想から批評へ」を開催しました。
文芸批評の最前線で活躍され、「高校生直木賞」の企画者としても知られる伊藤氏貴氏は、文学部の学生たちに「文学(部)って必要なの?」という刺激的な問いかけから講義を始めました。
「本を読むことが好きで文学部を選んだ」と言う伊藤氏は、小学校1〜2年の時の担任教師と奥様の父親が玉川大学出身だったことから、創立者小原國芳の「全人教育」についてもご存じで、「文学部、教育学部、リベラルアーツ学部のある玉川大学は人間そのものを扱う大学」というイメージがあったそうです。
近年、文系の学問を学ぶ意義について社会的に議論を呼んでいますが、文学や批評を考えることは、その問いに答えることにつながると伊藤氏は示唆します。
では、「批評」とは何か? 映画、マンガ、小説などについて私たちは「面白い」「つまらない」「共感した」といった感想を抱きます。インターネットとSNSやスマホによってこうした感想を気軽に表現する場が増え、「私たちは今、他人の感想の海で泳いでいる」と伊藤氏は言います。しかし「感想」は決して「批評」ではありません。
主に好悪の感情から発する「感想」は「主観」の言葉です。対して「批評」は、自分の好悪の由来を他人に納得してもらうための「客観」を志向する言葉です。そして客観を獲得するために必要なのが「価値判断」と言われるものです。すなわち自分の主観に、客観性を担保する価値判断という尺度を持ち込んで、他人が理解できるように伝えることこそが批評というものなのです。
近い将来、人工知能(AI)が人間の知能を上回り(=シンギュラリティ)、多くの人間の仕事はAIに奪われてしまうのではないかという話がまことしやかに語られるようになりました。伊藤氏は「人間はAIの知識量や計算能力には到底かなわない。AIは翻訳や小説、音楽を作ることはできるだろう。しかし、AIに批評はできない」と断言します。それはAIには批評が求める「価値判断」ができないからです。「価値判断」とは機械的な尺度ではありません。
私たち人間はそれぞれ欲望を抱きながら、限られた人生の時間をどのように過ごすかを考えて生きています。それも一人で生きるのではありません。家族や仕事仲間、友人同士など他人の主観に囲まれながら、他人に自分の主観をどのように伝えるかを、工夫し、悩みながら生きているのです。このように他人と話し合う中で作られる尺度が「価値判断」です。客観性を志向しながらも、そこにいる人によって「価値」の軸は変化します。こういう芸当は人間にしかできません。
伊藤氏は、近代日本の文芸批評を確立した小林秀雄がこうした批評言語のあり方を「つねに生き生きとした嗜好(しこう)を有し、常に溌剌(はつらつ)たる尺度を持つ」(『様々なる意匠』より)と表現していることを紹介しました。小林が言う溌剌たる尺度=価値判断を表現(express)するためには、まず感動(impress)がなければはじまらないと、伊藤氏は学生たちに語りかけます。批評は作品から受ける感銘や強い印象があってこそ可能になる表現で、「読み手に感動が連鎖していくのが優れた批評表現」なのです。単なる文章テクニックではありません。
文学作品を通して多くの感動と出会うためには、自分の中にしっかりと軸を持つことが大切で、そのためには「若い時代に、どれだけいいものを入れられるか」だと伊藤氏は言います。続けて「映画を見に行ったら、その後友達とお茶を飲みながら見た映画について話し合ってみましょう」と強く勧めます。そのように感動を自分の言葉にして伝える体験が、それぞれの批評の言葉を磨く訓練となるからです。
聴講した学生たちは、伊藤氏のユーモアと軽妙さを感じさせる話術にすっかり引き込まれた様子でした。
講義後の学生たちの「振り返り」を紹介します。
「いままで自分が授業で書いたのは批評ではなく感想の延長線にあるものだった。今回の講義でぼんやりとしていた“批評”が自分の中でとても腑に落ちた」
「批評に欠かせない価値基準を作る力、尺度(ものさし)を作る力の大切さを学ぶことができました」
「伊藤先生はお話が上手で、本当に面白かった。まず自分の得意分野を見つけて積極的に伸ばして、自分の世界を広げていきたいと思います」
「自分の中で無意識に作っている尺度がどういうものなのかを見直す必要があると思った」
「文学部で学ぶことへの自信とやる気が出た講義でした。本をたくさん読むこ
との価値がよくわかってうれしかったです」
入学してから3ヶ月。国語教育学科の学生たちは、これからさまざまな文学作品にふれ、批評する機会が多くなります。今回の伊藤氏の講演は、今後の批判的読解力や論理的思考力を養うための貴重な学びとなりました。