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全人教育提唱100年記念シンポジウム開催
「全人教育の歴史と展望」をテーマに100年の歩みと未来を語る(後編)

2021.11.25

玉川学園創立者・小原國芳が唱えた「全人教育」が、2021年に提唱100年になるのを記念し、この9月にシンポジウムを開催しました。前編に続き、3名のシンポジストを迎えて、全人教育の歴史的観点やこれからの全人教育の課題や展望についての議論を紹介します。

シンポジウムは、玉川大学教授・教育学部全人教育研究センター長の佐久間裕之教授を司会進行役に、3名のシンポジストが提言と議論を交え展開していきます。
佐久間教授は、「現在、幼稚園から大学まで多くの学校で全人教育という言葉が使われています。一方で、全人教育の持つ意味について、共通理解が得られているとはいえません。本日は、小原國芳が提唱した、その原点へと立ち返り、全人とは、全人教育とは何か、さらに全人教育の未来を展望していきたい」とシンポジウムをスタートさせました。

「全人教育」とは、子供を全人として捉える「子供観」「人間観」

まず、玉川大学名誉教授 石橋哲成名誉教授からの提言です。

石橋名誉教授は、小原國芳の随行秘書を務めた愛弟子の1人。ヨーロッパと日本の新教育運動の歴史的研究、また、小原國芳の研究なども手掛け、説得力ある話を聞くことができました。今回は、國芳による「全人教育」という新語誕生の背景の考察と、教育者側の「子供観」と「人間観」を明らかにしていきます。

一つ目は、國芳が初めて「全人教育」という言葉を使った背景についてです。
実際に言葉にしたのは、1921年に開催された八大教育主張講演会でのこと。國芳の著書では、この講演会の前に「天の啓示」のように閃きがあったとありますが、貧しかった幼少期の経験も含め、京都帝国大学時代哲学科で学んだ教授たちとの出会いと、その影響から育まれてきたのではないかと考えます。哲学、道徳、芸術、宗教の各論の研究と同時に、「総合的人格」を持つ人間を育てる「総合的教育」は可能か、その教育を表す名称をどうするかについて思索を深めていました。その後、國芳は卒業論文を「教育の根本問題としての宗教」というタイトルで出版し、その中で「吾人の要求する教育は“全人の教育”である」と、既に「全人」という言葉を使っていたことを指摘します。

二つ目は、全人教育の「子供観」と「人間観」についてです。
「まだ全人でない子供を全人へと育てる教育」と捉えられがちだが、國芳が目指すのは、「目の前にいる子供をすでに全人として捉える『子供観』、『人間観』の表現」ということを忘れてはならないと解説します。また、國芳が「全人教育と個性尊重の教育は一物の両面だ」と説いていることにも注目すべきと石橋名誉教授は提言をまとめました。

全人教育の理念と思想を具現化した、玉川学園という空間

二人目は、東京大学大学院教育学研究科の山名淳教授の発表です。
山名教授は教育哲学・思想史研究の第一人者として、ドイツ田園教育塾の研究で海外からも高く評価されています。
「大正新教育の思想」(橋本美保氏・田中智志氏編著 東信堂)の中で、山名教授は「小原國芳の田園都市―全人教育を巡る行動と物語」という論考をまとめています。今回の提言のタイトルは「『全人教育』の空間と思想―学園と田園都市における『新しい生活』」として、山名教授の発表がはじまりました。

山名教授の研究テーマ「ドイツ田園教育塾」において、1983年に研究調査で本学に来校されています。「自然環境を重視し、包括的な教育を志向し、疑似家族的な人間関係によって日常そのものを人間形成の時空間とみなす」という点に、玉川学園の教育理想に通じるものがあると指摘しています。学校共同体をより大きな生活共同体としての田園都市によって包摂するという大胆な学園構想は、国際的にも類例を見ないそうです。

今回、玉川学園とその周辺の空間に注目し、「全人教育」という思想を、目に見える形にして知らしめる空間と考察します。とくに草創期は、「全人教育」の実現に邁進する國芳の熱い思いに主導されて、玉川学園の空間が生き物のように変化していった時代だと言います。そのポイントとして「都市(とし)」空間、「田園(しぜん)」空間、二つを結びつける「労作教育」の3つを挙げました。

創設当時は何もなく、大自然そのまま、一面が森林丘陵地帯でした。しかし國芳の眼には、まだ実現していない玉川学園の街がくっきりと浮かんでいたろうと山名教授は確信します。街づくりにあたり、未来の田園都市の子供たちの行動や街の発展を考え、十字路の四隅を見通しよくした「隅切り」の採用には、その先見の明に「感動を覚えた」そうです。國芳にとって玉川の丘の自然や田園の良さは、本当の教育や人間生活にとって大切なことであるとし、國芳が描いた「夢の学校」そのものであるとしました。

草創期の学園内外の整備は、児童・生徒・学生の労作の機会でもありました。玉川学園における「労作」の「さく」は、作業の「作」ではなく、創作の「作」だといわれていたことは強調すべきことであり、広い意味に於いて「労作」は「全人教育」とほぼ同義とみなされていたとしています。

左:『學園日記』創刊号の表紙 右:挿絵アップ

続いて『学園日記』第1号(1924年6月発行)の表紙に描かれている挿絵に注目します。赤ん坊が草花に抱かれながら、天空に向かって懸命の力で手を伸ばしているように見える意匠が印象的だとしています。その下には、ドイツ語で「新しい生活」を意味する「Neues Leben(ノイエス・レーベン)」と書かれ、生まれた子の歩みを通して、自然と文化の間をつなぐ國芳の改革プログラムがこの意匠に象徴されていると、提言を締めくくりました。

全人教育の原点に立ち戻り、その本質を追究する

三人目は、小原國芳の曾孫である玉川大学教育学部・同学部長の小原一仁教授です。日本と世界、特にアメリカの教育動向を踏まえて、比較教育学の視点から、玉川学園の全人教育を研究し、それを世界に向けて発信続けています。

ポイントは「教育の現状と全人教育の課題」、「教育の課題と全人教育の展望」の二つです。
一つ目の「教育の現状と全人教育の課題」は、現在の大学教育に於ける社会的要求として、営利に役立つ評価や実利に直結する学問を重視する傾向の強まりを示唆しました。また、子供の成長を近視眼的、かつ競争的な指標ではかり、目的的教育観に陥った結果、一つの成功例に子供を当てはめようとしている傾向があるとしました。ここに課題があるとして「全人教育」という言葉が一般化したゆえの多義性は、誤解や曲解に繋がっていると述べました。

二つ目の「教育の課題と全人教育の展望」では、現在の教育が抱える課題について、これまでの教育観では太刀打ちできない不確実性の時代が到来しつつあり、「これからの時代に求められる創造性や社会性は、どのような環境で育まれるのか、私たちは考えていかなければなりません」と今後、ますます多様化する社会との向き合い方を示唆します。「子供たちの夢を大人が先回りして否定し、狭めてしまうことがないよう、さまざまな可能性に触れることができる『全人教育』が求められています。そのためには原点に今一度立ち返り、見つめ直す時期である」と強く訴えました。

多数の視聴をいただいたシンポジウムの成果を教育実践につなげる

司会を務めた佐久間教授

3名のシンポジストの提言を終えて、各教授が互いに討議し合う時間が設けられました。石橋名誉教授から「玉川学園とドイツの田園教育塾の違いを教えていただきたい」という質問に対し、山名教授はかつてドイツで視察した際に実感した交通機関の利便性をあげ、「鉄道に近いかどうか」を大きな違いだとしました。「國芳氏は理想主義と現実主義のバランスが非常によくとれている。自然も重要だが、そこと都市がつながっていることの意味を熟知している」と話しました。

このシンポジウムのまとめとして、司会進行の佐久間教授から、「子供たちの未来へ向けて、全人教育の観点から大切し、気をつけてほしいこと」について、それぞれの意見、感想を求めました。

石橋名誉教授は、「全人教育とは、目の前の子供一人ひとりを全人として見つめ、向き合い “子供観”、“人間観”として全人教育を見つめ直したい」と話しました。

山名教授は、「創造力と行動力」を挙げ、田園都市計画で採用した道路の隅切りに代表するように、國芳の先見の明による想像力、常に子供を判断軸とする姿勢に感動したと言います。

小原教授は、「全人教育を通して、玉川学園のモットー(人生の最も苦しい いやな 辛い 損な場面を 真っ先に 微笑を以って担当せよ)を実践できるような人間に育ってほしい。また、子供たちの周りにいる大人や教師が考えを押し付けていないか、態度を見直し改めることで、さらに全人教育が改善、向上できると信じています」と話しました。

また、衆議院議員の丹羽秀樹氏、鎌倉女子大学理事長・学長の福井一光氏より、卒業生として、ビデオメッセージが披露されました。

こうして「全人教育提唱100年記念シンポジウム」は、國芳先生の実績をたどりながら、新たな課題と共に幕を閉じました。また次の時代に向けて、世界に向けて子供たちにとってより良い教育となる「全人教育」を提唱し続けます。

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