玉川学園OBの美術家・坂上直哉氏による記念講演「脳と宇宙のゆらぎ、そこから次の時代が生まれる ―サイエンスとアートの再婚―」開催
玉川学園のSTREAM Hall 2019と隣接するUniversity Concert Hall 2016には、それぞれ「虹にそまって(虹の翼)」「虹にむかって(青い翼)」という翼をモチーフとしたモニュメント作品が展示されています。ステンレスを素材としたこの2つの「翼」の作者は、美術家の坂上直哉氏。坂上氏は玉川学園高等部の卒業生で小原学長と同級生でもあります。東京藝術大学に進学し、ステンレスを自在に使いこなした独自の表現手法を切り拓きました。
ステレンレスを素材にした2つの翼は、もともと羽田空港第一旅客ターミナル「北ウイング」「南ウイング」に設置されていたもので、2019年のターミナル改装後に玉川学園へ寄贈していただきました。
2021年10月30日、「SCIENCE HALL」「ELF Study Hall 2015」、や「University Concert Hall 2016」や「STREAM Hall 2019」のほか、「Consilience Hall 2020」をあわせたESTEAMエリア完成記念「ESTEAMわくわく創造プロジェクト」の一環として、坂上直哉氏による記念講演「脳と宇宙のゆらぎ、そこから次の時代が生まれる ―サイエンスとアートの再婚―」が開催されました。当日、会場となったUniversity Concert Hall 2016には芸術学部でメディアデザインやディスプレイデザインを専攻する学生はもちろんのこと、工学部からはエンジニアリングデザイン学科1年生全員と4年生希望者、農学部からは理科教員養成プログラムの1年生が集い、さらに農学部と工学部の1年生全員などがオンラインで参加しました。
坂上氏の講演概要は以下の通りです。
1.「まず虹から話そう」
玉川学園で過ごした中高生の頃は「劣等生」だったと話す坂上氏。「虹にむかって」「虹にそまって」の2作品のタイトルにある「虹」とは、「私が玉川にいた頃にまだお元気だった小原國芳先生が好きな言葉『夢』の象徴」と話します。「虹にそまって」は、もともと「離陸」を意図して制作された作品で当初は空港の天井に吊り下げる構想でしたがそれはかなわず、STREAM Hall 2019で「天に舞うことができた」ことを大いに喜ばれていました。
2.「玉川学園で解き放たれて」
スクリーンに映し出された坂上氏の小学校5年の通知表は全科目が5段階評価の「1」。会場がややざわめく中、坂上氏は「学校に来ない。まるで協調性がない。学校はそんな私を扱いかね、中学1年の秋に玉川学園に転校。玉川学園の先生方はそんな私でも大切に扱ってくれた。ここは自分に合っていると感じました」。ふらりと旅に出かけ、九州まで行ってお金がないので墓地に泊まっているところを警官に見つかり、東京に連れ戻されたこともあったそうです。「玉川の先生は怒ることなく『いい経験をしたな』と言ってくれました」。
進学先の東京藝術大学では新しいアート表現を志向。所属は油絵科にも関わらず在学中に描いた油絵は数枚のみ。銅版画を経て、卒業制作では現在につながるステンレスとアルミを使った作品制作を試みています。
3.「ステンレスの話をしよう」
「ステンレスで絵を描きたい!」。大学卒業を控えた若き坂上氏はその一念で金属メーカーの門を叩きます。ほとんどのメーカーから門前払いとなる中、日新製鋼という会社の重役だけが興味を示してくれて「明日から会社にいらっしゃい」と入社。その後10年間にわたって、会社の技術研究員の方々と「レインボー化学発色」「スパッタリング」などの手法を駆使し、ステンレスを素材に使った新しい美術表現を生み出していった経緯について振り返りました。そして、デビュー作とも言える大阪・四天王寺の天井壁画(映し曼陀羅)などの作品画像やステンレス素材を作るプロセスの動画を交えつつ解説していただきました。
4.「アートの話をしよう」
坂上氏をステンレスによるアート表現に向かわせた大きなきっかけとなったのは、大学3年次に京都の古刹・妙心寺天球院の「朝顔の間」の金碧障壁画(ふすま絵)に出会ったことでした。初めて見た瞬間「茫然自失」となり、「金箔空間に自分が取り込まれてしまった」と語る坂上氏。その深い光の正体を追い求め、自らの手で創り出すことにその後のアーティスト人生を賭けました。しかもそれを「都市空間の中に出現させたい」というのが坂上氏の狙いでした。そうした意図の元に生み出されたのが、「虹にむかって」「虹にそまって」であり、成田空港のモニュメントや首都高の換気塔、中京大学の校舎に飾られた「翼竜のたまご」という作品です。「翼竜のたまご」制作プロセスの動画を見せながら、坂上氏は「多くの人がクリエイティブに関わるからこそ、アートは多くの人の心に響くようになる」と話されました。
5.「プリズムの話をしよう」
坂上氏のアート表現の大きなモチーフとなるのが「光」。現在は玉川学園にある「虹にむかって」「虹にそまって」の解説パネルには、光の解明に取り組む二人の偉人、物理学者アイザック・ニュートンと芸術家者ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのエピソードが記されています。光をプリズムに通す実験によりスペクトルを発見し、科学的秩序の中に光を位置づけようと試みたニュートン。その100年後にプリズムを覗いたゲーテは「光はすべての源をなす」と言い放ち、サイエンス、テクノロジー、アート、宗教、哲学などすべての領域を統合し、自然の生命そのものである光の価値に注目しました。しかし産業革命以降、サイエンスとアートは境界線でくっきりと区切られてしまいます。坂上氏はそれをサイエンスとアートの「離婚」と表現します。
6.「脳と宇宙のゆらぎ」
あらゆる分野で細分化・専門化が進み、サイエンスとアートが離婚してしまった現代。しかし坂上氏は、新しい時代の息吹を感じていると話します。たとえば持続可能な人類文明の構築を目指したSDGsなどの動き。また、最先端の「ネットワーク脳科学」の知見を通して、一人ひとりが脳神経におけるシナプスの役割を果たして新しい世界を創造していくスケールの大きな世界観を紹介します。
これまで人類文明は「火の発明」「宗教の発生」「産業革命」などを契機に大きく変容してきました。現在は「ネットワーク革命」の進行中で、「ロゴス(理性)」「サステナビリティ」「共生の思想」などをベースにした新しい人類文明に至る時代にあるという文明観をお話いただきました。講演タイトルにある「サイエンスとアートの再婚」とは、産業革命以来「離婚」状態であったサイエンスとアートが、ネットワークの時代を迎えて「再婚」するチャンスを迎えているという意味です。 坂上氏は最後に若い世代に向けて「みなさんはいい時代に生まれた。一人ひとりがサイエンスとアートの間に虹をかけて、創造の時代を生きてほしい」と呼びかけました。
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スクリーンに映し出された素晴らしい作品や制作過程の貴重な動画を見ながらだったためかとても短く感じられた約1時間半にわたる講演。坂上氏がお話しされた内容は、創作の秘密や玉川大学の学生が「虹にむかって」「虹にそまって」の2作品を味わうたくさんのヒントを得ることができたと共に、時代を創造する若い世代に向けた大先輩からの力強いエールともなりました。