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シェイクスピア翻訳第一人者・松岡和子氏を迎えた、芸術学部演劇・舞踊学科主催・特別公開講座「シェイクスピアって面白い?」

2022.07.06

6月6日に本学University Concert Hall 2016大ホール「Marble」にて、芸術学部演劇・舞踊学科主催の特別公開講座(全学対象)として「シェイクスピアって面白い?」が開催されました。講師にお迎えしたのは、ウイリアム・シェイクスピアの戯曲37作の個人全訳という偉業を達成した翻訳家・演劇評論家の松岡和子氏です。

演劇・舞踊学科では、6~7月に春学期演劇公演を「シェイクスピアシリーズ」と銘打ち、松岡氏の翻訳を台本としてシェイクスピア作品(『ヴェニスの商人』『十二夜』)を上演します。その演出にも関わった演劇・舞踊学科の多和田真太良准教授を進行役として、松岡氏からシェイクスピアとの出会い、作品の魅力、日本語に翻訳するご苦労と楽しさなどについてリラックスした雰囲気の中でお話しいただきました。
以下、そのお話のエッセンスをまとめました。

シェイクスピアとの「出会い」

子供の頃から英語が好きだった松岡氏は東京女子大学英文科に入学。英文科の学生として卒業までにシェイクスピア作品を読もうと学内のシェイクスピア研究会に参加しましが、最初はまったくその面白さがわからずまもなく研究会からも離脱。ところが部員不足のためか、3年生の時に一度離れた研究会から乞われて『夏の夜の夢』のボトム役を演じることになりました。「自分で演じてみるととても楽しかった」と今度はシェイクスピアの面白さに開眼。その後大学の講義を通じて、背景や言葉一つひとつに対して想像力を働かせて戯曲を読む楽しさを習得した松岡氏は、やがて「ずっと演劇の世界に関わって生きていきたい」とまで思うようになりました。

卒業論文テーマは米国の劇作家テネシー・ウイリアムズ。いわゆる就職活動はせず、大学卒業後は親に内緒で劇団の研究生となり、当初は演出家を目指していたとか。「最初は難しいお勉強としてのシェイクスピアに弾き飛ばされた私が、演劇としてその楽しさに目覚めて戻ってきた。そんなわけで今日のテーマ『シェイクスピアは面白いか?』の結論はもう出てしまいましたね(笑)。シェイクスピアも、演劇もとても面白い!」

シェイクスピアの「面白さ」

松岡氏によるとシェイクスピアの戯曲はワンセンテンスが「分厚い」。書かれている意味に加えて、イメージ、音韻、リズム、さらに意味自体も多層的な構造になっているそうです。 「そのため原文をそのまま日本語に移すことは不可能。シェイクスピアを翻訳することは『原文の何かを選択し、何かをあきらめる』ことの連続です。最初の頃はしんどかったのですが、やがてその取捨選択がシェイクスピアを翻訳する面白さと気付きました。時には一晩かけてもワンセンテンスを日本語にできないことも……それでも楽しい(笑)。日本で『ハムレット』の翻訳は50種類ぐらいあると思いますが、取捨選択の仕方が翻訳者それぞれで異なっているからです」。

そんなシェイクスピアのセリフの多層性を松岡氏は「詩」に例えます。
「演じる側も戯曲から取捨選択をしている。詩の言葉が持つ多層性をいかに表現するか。翻訳者だけでなく、俳優もそこにやりがいを感じると思う」。
一方で松岡氏によると、シェイクスピアなどルネサンス期の演劇は近現代の劇作家と異なり、舞台美術など指示がほとんどなく、したがって現代では自由に創り出す余地があるそうです。セリフや設定には当時の劇団事情なども反映されており、たとえば『マクベス』に登場する3人の魔女にひげが生えているという記述から、魔女役の俳優が同じ劇中で男を演じた可能性について指摘されました。

また「シェイクスピアのセリフは近代演劇のように裏の意味はなく、『悲しい』と書かれていたらそのまま受け取って良い。独白では登場人物の心の内まで説明してくれる」。そしてシェイクスピアの独白は話し手の自問自答を表現しつつ、観客に問いかけて物語を動かすためのものだとか。特に喜劇作品は、「観客と一体となって劇空間を創りあげていく」傾向が強く、演じる俳優にとってそこが大きな魅力になっているのではないかと話されました。

シェイクスピア「翻訳余話」

1996年発行の『ハムレット』から始まった松岡氏による新訳 ちくま文庫版「シェイクスピア全集」は、2021年発行の『終わりよければすべてよし』で完結。その全巻に作品へのイマジネーションを広げる魅力的な表紙絵を提供した画家・安野光雅氏は、松岡氏の偉業を見届けるように2020年に亡くなりました。その安野画伯と1作ごとにお昼をご一緒した思い出や「2度だけ描き直しをお願いした」エピソード、また松岡氏の翻訳によるシェイクスピア演劇を上演した演出家蜷川幸雄氏から「観客が聞いてすぐわかるセリフを徹底的に叩き込まれた」ことなど、松岡氏の訳業の背景となる様々な興味深いお話もたくさんうかがうことができました。

松岡氏がすでに多くの翻訳者がいるシェイクスピア戯曲翻訳にあえてチェレンジした大きな理由の一つは「これまでの翻訳者は男性ばかりで、私自身女性の一人としてずっと女性役のセリフに気持ち悪さや違和感があった」こと。その話を受けて、進行役である多和田准教授は、高校生の頃に新国立劇場で松岡氏訳の『リア王』を見て、女性のセリフの豊かさや役柄ごとのニュアンスの違いに衝撃を受けた思い出を語りました。

そして多和田准教授は松岡氏のシェイクスピア翻訳本の特徴として「脚注」の存在を指摘。松岡氏によると「新訳にお買い得感を付けたくて」注をいれるように自ら提案したそう。「でも巻末だと誰も読まないので見開き毎の脚注にしました。途中から脚注を書くのが面白くなって、命を懸けていました(笑)」。

講座の最後は松岡氏への質問の時間。「『ヴェニスの商人』の悪役シャイロックを描く文体について」「シェイクスピア作品における男女ペアの役割」「日本語に翻訳するための取捨選択の基準は?」など学生の疑問・質問に、松岡氏は時間いっぱいまで一つひとつ丁寧にご回答いただきました。

およそ1時間半にわたる松岡氏による体験的シェイクスピア講義。率直かつユーモアを交えたその語り口は多くの講座参加者を魅了し、少なからぬ聴衆があらためてシェイクスピアの作品を読もうと決意したり、シェイクスピア劇の上演を鑑賞したくなったりしたに違いありません。

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