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玉川大学・玉川学園学友会寄附講座:世界で44人しかなれない職業---幕内格行司が語る相撲界の魅力

2024.08.14

文学部国語教育学科では、ホンモノの日本文化に触れることを目的に、毎年1年生が大相撲九月場所を国技館で観戦しています。今年度は、6月に幕内格行司の木村銀治郎氏(芝田山部屋)をお招きし、1年生向けの学友会寄附講座を開催。相撲界についていろいろな角度からご説明いただき、学生にとってすばらしい事前研修となりました。一般には伺うことのできない、貴重なお話の一部をご紹介します。

中学卒業前に決断! 木村銀治郎氏が歩んだ相撲界への道

現在49歳の木村銀治郎氏は、39歳で幕内格行司に昇進しました。国語教育学科北原博雄教授の「30代での幕内格行司へのご昇進は48年ぶりのことです。ひじょうに優秀な行司さんです。」との称賛の言葉とともに登壇されました。

「行司は“木村”か“式守(しきもり)”のどちらかを名乗らなくてはなりません。私の本名は糸井紀行です。」と銀治郎氏は話し始めました。相撲とはまったく縁のない家庭で育ちましたが、両国国技館の近くに住んでいたため、本場所中は毎朝、当日券を購入してから登校し、学校が終わったら観戦するという中学時代を送られました。やがて「体は大きくないから行司として相撲界に入りたい。」と決意し、中学3年生の時に峰崎部屋(当時)へ直接入門を願い出ました。「行司になる仕組みを知っていたので、顔見知りになった峰崎部屋の親方に『行司になりたい』と直接伝えました。」と銀治郎氏は語ります。中学卒業見込み証明書を取得し、卒業直前の3月場所で初土俵を踏みました。行司・呼出(よびだし)・床山(とこやま)など力士以外の主な職業は19歳未満の義務教育修了者のみが就ける職種です。理由は、相撲部屋で力士と共に生活し、65歳まで働くため、若いうちから修行に励む必要があるということです。

銀治郎氏によると、行司は「行い(大相撲)」のすべての物事を「司る」存在です。
「力士の土俵入りから勝負の決着まで、すべてを采配する。しかし取り組みの合図は行司によるのではなく、力士の呼吸がぴったり合った瞬間にぶつかり合い、行司が『はっけよい』『のこった、のこった』と発するのです。行司の真の役割は、土俵上で二人の力士の呼吸を合わせ、卑怯な立ち合いをさせずに正々堂々と勝負を決することにあります。」

さらに、土俵を下りた行司には様々な仕事が待っています。中でも特に重要なのが、筆と墨で番付表を書くことです。独特の相撲文字を用いて、緻密かつ整然と書き上げられる番付表はまさに芸術作品と言えるでしょう。「『行司は習字』という言葉があります。取り組みさばきや立ち姿も重要ですが、相撲字を美しく書き上げることは行司としての誇りを支える重要な要素です。多くの者がこの壁に挑み、乗り越え、立派な行司へと成長していくのです。番付表の作成以外にも、場内アナウンス・取組編成・マスコミ向け星取表の原稿作成など仕事は多岐にわたります。所属する相撲部屋では、後援会との連絡係・お礼状の代筆・冠婚葬祭やパーティの仕切りなど、幅広い役割を担っています。」

慌ただしい相撲界の1年

大相撲の醍醐味である「本場所」は、奇数月に15日間開催されますが(年間90日間)、準備に2週間、片付けに1週間かかるため、一場所ごとに約5週間の期間が必要となります。そして、本場所の片付けが終わるとすぐに力士たちは「巡業」(偶数月開催)に出発します。ただし、2月と6月は巡業が休みとなるため「2月は結婚式を挙げる力士が多く、6月は合宿を行う部屋が多いです。」と銀治郎氏。
巡業は、力士にとって厳しい鍛錬の場であると同時に、地方都市に相撲を普及する貴重な機会。毎日会場を変えながら全国を回り、3ヶ月間で夏、秋、冬と各地を巡ります。気温差の激しい中、半袖の服で出発し冬物の服で帰ってくることもあるそうです。

力士の一日や階級のことなど、普段はなかなか聞くことのできない興味深い話も伺うことができました。部屋に住む力士は起床するとすぐに稽古に励み、その後、空腹状態で昼食のちゃんこ鍋をいただきます。午後は3時間ほど昼寝をし、部屋の掃除を行います。夕食はちゃんこ鍋ではなく普通の食事を楽しみ、23時の消灯時間までは自由な時間を過ごします。

厳しい縦社会のなかで切磋琢磨

相撲界は、古くから続く伝統と実力主義が織り成す、厳格な上下関係を基盤とした世界です。横綱から序ノ口まで10階級に分かれており、階級によって待遇や責任が大きく異なります。千秋楽まで残り2日になると、幕下力士たちの間で、白熱した昇進争いが繰り広げられます。十両陥落を避けたい幕内力士と、幕内昇進を目指す十両力士の意地と技がぶつかり合い、土俵上はまさに戦場と化します。

厳しい上下関係と熱戦が繰り広げられる一方、約600人いる力士の中で関取として活躍できるのはわずか70人という狭き門と言われる大相撲の世界。しかし、アマチュア相撲で活躍した人であれば、幕下や三段目からスタートできる制度を活用し、より早く番付を駆け上がることができます。

また、照ノ富士(てるのふじ・伊勢ヶ濱部屋)の存在は特筆に値します。怪我や病気で大関から序二段(序ノ口のひとつ上)まで陥落した絶望的な状況の中でも諦めることなく這い上がり、見事に大関、そして横綱へと駆け上がりました。銀治郎氏は「史上初めてのこと。そんな力士がいま、現役でいるんです。」と称賛の言葉を述べています。

「世界中で44人しかいない職業」

「現在行司を務めているのは私を含めわずか44人しかいません。全人類で44人しかいない、まさに希少な職業を私はやらせていただいているんです。」と銀治郎氏は語ります。中学生の頃はピアニストになることも夢見ていましたが、今では世界中が認める行司という仕事に大きな誇りを持っていらっしゃいます。「行司は、土俵に上がったら粛々と取り組みを進行するのが役目。そして際どい相撲になったらどちらに軍配をあげるか、力士も観客も全員が行司の右手を見ます。そこにやりがいがあると私は感じています。」

最後に銀治郎氏は、相撲界も時代とともに変化しつつあると話されました。外国人力士の増加に伴い、厳しい礼儀作法への意識が薄れてきていることや、すべての相撲協会員を対象としたコンプライアンス講習会が開催されていることも紹介されました。国技館では、出待ちや入り待ちが当たり前のように行われ、取り組み終了後には力士からサインをもらったり、一緒に写真撮影してもらったり、赤ちゃんを抱っこしてもらったりなど、ファンとの親密な交流が行われています。このような交流は、他のスポーツでは考えられないものであり、相撲界ならではの魅力と言えるでしょう。しかし一方で、トラブルに繋がる可能性も否定できないため、相撲協会では個人アカウントからのSNS発信を禁止するなど厳格なルールを設けています。

相撲界の仕組みや力士の魅力をたっぷりと教えていただいた今回の寄附講座。
銀治郎氏は、「相撲の魅力をもっと多くの人に知ってもらいたい。インターネットでは無料で本場所の生中継をやっていますので、ぜひ観て、何か感じてください。行司の紹介も出ますので、私の姿を見かけたら思い出してください。」と、熱い想いを込めて講演を終えました。

講演の最後に質疑応答の時間をいただきました。国語教育学科の1年生から活発な質問が出され、銀治郎氏は学生一人ひとりの質問に丁寧に耳を傾け、分かりやすく回答してくださいました。

たとえば、「これまでで一番時間がかかった取り組みは?」という質問に対し、「約4分間取った相撲がありました。20年ぐらい前です。」と会場を驚かせました。また「行司の独特な声はどうやって出しているのですか?」という質問については、「のどを使うと声帯を痛めてしまうため、腹筋を使って声を出しています。『かたや照ノ富士、照ノ富士。』私が実際に会場で発している声量は、このくらいです。」とマイクなしで本番さながらの四股名の呼び出しをしてくださいました。

さらに相撲観戦を控えている学生ならではの質問として「国技館で観戦するとき、どこに注目したら面白いですか?」という問いには、「土俵で行われる力士の所作には、それぞれ重要な意味が込められています。手を清め、神様を呼び起こし、武器を持っていないことを示し、邪気を払うための動作を行っています。これらの所作はすべて神事の一部であり、相撲の精神を理解する上で重要な要素となります。ぜひ、そのような視点から土俵上で行われる力士の動作を観察してみてください。それから、熱戦を繰り広げる力士たちの力強く赤く染まる体躯や力士同士が激しくぶつかり合う際の力強い音、約一万人の観衆が熱狂する一体感のある雰囲気も存分に味わってください。また、行司の華やかな装束も相撲の魅力の一つです。伝統的な様式美を踏襲した、他のスポーツにはない独特な美しさがあります。」と国技館に行ったからこそ味わえる空気感やその魅力をお話しくださいました。
その他にも、行司の役割や相撲界の伝統に関する質問などに丁寧に答えていただき、この日の特別講義はおひらきとなりました。
学生たちの相撲を見る視点がきっと変わったことでしょう。国技館での観戦も充実したものになるに違いありません。

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