史料は語る 36
「師弟同行」
小原國芳 筆跡
鉛筆 紙(一部) 時期不詳
縦21.2×横30.2cm

玉川学園の聖山麓に近世の私塾、松下村塾と咸宜園の模築が建つ。咸宜園で著名な師匠は広瀬淡窓だ。「『君汲川流我拾薪(君は川流を汲め我は薪を拾わん)』とは広瀬淡窓先生の詩句であります。実に塾教育は日本教育の世界への誇りであります。師弟間の温情の下に、共に働き、共に喰くらい、共に学び、共に祈り……これ私たちの師弟同行の生活であります」(『玉川教育』)と小原國芳が述べたのは創立30周年を迎えるときである。玉川学園の教育目標として11番目に塾教育をあげ、この史料の左から2行目にある「師弟同行」について述べている。
日本教育史の泰斗で玉川大学でも教鞭を執った石川松太郎は、広瀬淡窓について「近代国民教育のほうに向かって確実な足どりをみせ……門生と共に詩をつくり、つくった詩を朗詠しながら、自然の感化におよんだ」(『近代日本教育の記録』)教育者で、5,000人近い弟子が全国から集まったと言う。小原は吉田松陰や広瀬淡窓についての思いをしばしば語ったのは理想的教師として、自らの範としたからだろう。
学園創立期のこと。学内の塾舎で生活する学生が風邪をひき、回復後も朝の聖山礼拝を休んでいた。塾生はふと行く気になり礼拝に加わった。そのとき「病んでいるモロホシ君の上にあなたの特別なお恵みが……」と小原が祈っていた。学生は慌てて立ち去った。午後偶然小原と顔を合わせたら「『もう、いいか』と先生はしごく何でもないようにそう言われた……熱いものがグングン頭の方へこみ上げて来た」(『玉川のおやじ』諸星 洪)。
白柳弘幸 学術研究所 特別研究員
Master-Disciple Relationship
On the Tamagawa campus there are replicas of two famous private schools: Shokasonjuku, established by Yoshida Shoin, and Kangien,founded by Hirose Tanso in 1805. Kuniyoshi regarded the distinguished achievements of these educators with high esteem.
They were teachers who worked hard, ate, studied, and prayed together with students, and Kuniyoshi advocated their master- disciple relationship as an ideal, so he included it as the 11th precept of Tamagawaʼs educational philosophy.
Kazuhito Obara
President, Vice CEO, Associate Head of School
English version finalized in collaboration with
Paul McBride
Director, Center for English as a Lingua Franca (CELF)
『全人』2026年1月号(No.911)より