故きを温ねて 96
眞の平和建設は相互の理解からである
戦後、GHQ関係者が教育視察として玉川学園に度々来園した。終戦の年の12月、男性の少佐と大尉、女性の中尉の3名が初等部(当時)の教室へ。
「私達が『グツドモーニング』と挨拶しますと、とても明るい元氣な聲で『グツドモーニング』と言はれました。女の中尉の方が私に『ハウアーユー』と尋ねられましたので、『アイアムベリウエルサンキュー』と答へますと、日本語で『中々上手です。よろしい』と言つて下さいました」と、6年男児が再刊『全人』第1号に思い出を書いている。
他日、初等部の英会話の時間に男性大尉が来園。「僕は『ハウオールダアーユー』とおききしますと『アイムサーティナイン、三十九ですよ』といつて頭をなでてくださいました。僕は僕の英語が大尉にわかつたのがうれしくてたまりませんでした」と3年男児が綴っている。戦前戦後の初等部の教育課程は記録が残されていない。しかし終戦早々、英会話の授業がおこなわれていた。
GHQ関係者と交流を重ね「日本はなぜこんな方々と戦争せなければならなかつたのでせうか」と女学部生が述べている。戦後、多くの人々が抱いた率直な思いであったのだろう。
これまでも本欄で、小原國芳の国際理解教育について「お互、尽くすことです」などの言葉を紹介してきた。再刊『全人』第1号では「眞の平和建設は相互の理解からである」と訴えている。相互理解の手段になる言葉の力には計り知れないものがある。
(文=白柳弘幸 教育博物館)
『全人』2022年1月号(No.867)より